3


訓練兵時代、宿舎こそ男女別棟だったが、
恋愛禁止なんて馬鹿みたいなルールはなく、
交際を始める兵士もちらほら居た。
中でもハンナとフランツは
兵団きってのバカップルとして有名で、
常に2人で行動を共にしていた。




「…あの時は、恥ずかしくて言えなかったんだ。
それに2人共驚くだろうなぁと思って」




「…驚いた」




「だよね。一生言うつもりなかったんだけど…
まさか、こんな形で知られるとは思わなかったよ」




自嘲気味に笑い、風で乱れた髪を耳に掛けて
アルミンは遠くの空を見つめる。
そろそろ日が落ちていく頃で、空は
オレンジ色に染まっていこうとしている。
地上の景色を映さないように眺める
壁外の空は美しかった。
遮るものが何もない、自由の象徴。




「…辛かったでしょ?」




不意に背中に添えられたミカサの手の体温に、
鼻の奥がつんとする。
辛かったのは、別れを告げられた時のことか。
正体を告げられた時のことか。
多分、どちらもだ。どちらも
全てを投げ出したくなる程辛かったし、
自己を保っていられたのが奇跡に等しい。

でも、ここで弱さを見せるつもりはない。

いつも自分を守ってくれた2人の前で、
弱い自分を曝け出すのはもう嫌なのだ。
つまらない意地だと解ってはいるけれど、
兵士としてここに立つ自分は
手を差し伸べられなきゃ立ち上がれないような
弱さなんてとうに棄てたのだ。




「…いいや、もう平気だよ。
ベルトルトのことは許さない。
ライナーのことも」




僕達の故郷を奪った奴等は、
もう僕達の敵なんだ。




「ミカサ。僕の恋人は…リヴァイ兵長だけだよ」




「………、」




そうはっきりと言い切って、
アルミンはミカサと目と目を合わせる。

いつも優しく気に掛けてくれて、助けてくれて
周りの目なんて関係ない、と
真っ直ぐな気持ちでぶつかってきてくれる。
誰にも見せない表情を見せてくれて、
普段決して聞くことの出来ない声音で愛を囁く。
そういう存在を恋人と呼ぶのだろう。

アルミンにとってそれは、リヴァイだけだ。

偽りの仮面を被り、君が好きだと宣って
いざとなったら自分の気持ちに
怖じ気づいて逃げる。
こうするしかなかった、本当は自分が一番
辛いんだというような顔をする男のことは
もう忘れることにした。




「僕が好きになったのは兵長だけ。
兵長が初めての恋人だ。キスも、セックスも全部
兵長が初めてで…それ以外は知らない。
知らなくていい」



「……アルミン」




「ライナーとベルトルトを倒して
エレンを連れ戻したら、早く兵長に会いたい。
会って、抱いてもらうんだ。…アレ、少し痛いけど
信じられない位気持ちいいんだよ?
自分が今生きてることを実感出来て、安心する」




「アルミン…!」




無表情でリヴァイへの想いを語るアルミンを見て
居たたまれなくなったミカサは
彼女の小さな身体を抱き締める。
華奢な身体は小刻みに震えていた。
それを知って、アルミンは本当は
強くなんてないんだと思い知る。

弱い自分を隠しているだけだと。

無言で一点を見つめているアルミンの背を
撫でていると、突如壁上に馬蹄音が轟いた。
2人はハッと顔を上げ音のする方角に目をやると
荷馬車を率いて此方に向かってくる
エルヴィンの姿が確認できた。




「壁の上を馬で駆けて来たのか…!」




それにしても随分数が多い。
目を細めて見ると、彼は調査兵団だけではなく、
憲兵団の兵士も引き連れて来ている。
どうやら憲兵団との交渉で
時間をとられていたようだ。
エルヴィンは馬を降り、
すぐにハンジの傍へ駆け寄っていく。




「僕達も行こう」




すくっと立ち上がるアルミンは既に
調査兵団の兵士としての顔をしており、
先程まで虚ろだった瞳には強い光が宿っていた。






◆◇◆◇◆◇





トロスト区にて、駐屯兵団先遣隊の兵士から
大方の話は聞いている。
壁に異常は見当たらなかった。しかし、
帰路の途中でハンジ率いる調査兵団と遭遇、
その中の装備を着けていない104期の新兵
3名の正体が巨人だった。
調査兵団は超大型巨人・鎧の巨人と交戦。
その戦いには既に決着が着いた。




「ハンジ」




傷だらけで横たわっているハンジの傍に膝をつき
静かに彼女の名を呼ぶと、
ハンジはすぐに瞼を上げた。
眼鏡もゴーグルも着けていないハンジの
顔を見るのは久し振りだ。
身なりを整えて大人しくしていれば
中々の上玉なのに勿体無く思う。




「エルヴィン…ち、地図を…」





巨人に人生を捧げてしまったハンジは
自分の分身のようだとエルヴィンは思う。
望むものをすぐに差し出すと、
ハンジは地面にへばりついて無心に地図を辿る。
荒れた指先が指し示す場所を黙って見つめていると
ハンジは苦しげに己の見解を語る。





「ここに…小規模だが巨大樹の森がある。
そこを目指すべきだ…。多分、
彼らはここに向かいたいだろう」




「なぜだ?」




「…賭けだけど…、」





ズキンと痛む身体を無理矢理起こし、
ハンジは一度深く息を吐く。




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