2


壁外調査の時、巨大樹の森で
アニに連れ去られたエレンを
ミカサはすぐに追い掛けて、
奪還に成功している。
何より、あの時はリヴァイが居たから
アニを退けることが出来たのだ。
傷を修復する時間も与えない猛攻に、
防戦一方となった女型の隙をつき
エレンを奪い返したのはリヴァイだ。
審議所での暴力的な演出の件、
そしてアルミンの心と体をかっさらった件で
ミカサは彼のことを快く思っていなかったが、
この瞬間からリヴァイのことを
1人の人間として見直すようになった。
あなたがちゃんとエレンを守っていれば
こんなことにはならなかった、と毒づいた時も
リヴァイはただ「そうか」と呟いて
決して否定することはなかった。
愚かなことを言ってしまったと思わず反省する程、
無表情の中に哀しみの色を浮かべたリヴァイが
目に焼き付いていて離れない。




「……エレンが女型に攫われた時、
私はすぐに追いかけリヴァイ兵長と戦って…
やっと…それでようやく…取り戻せた。
でも…5時間も経った後では…」




救出は絶望的だ。
もう、壁の外の遥か遠くまで
人類が辿り着いたことのない未知の領域にまで
移動しているかもしれない。
今回は兵団の主要戦力であるリヴァイが
作戦に参加していないので、
救出は更に困難を極めるだろう。
知性巨人を相手に互角、もしくはそれ以上に
戦えるのはリヴァイだけだと
ミカサはこの目で見て知っている。
うちひしがれるミカサを前に、
アルミンは掛ける言葉が見当たらず押し黙った。
ミカサの手が赤いマフラーを撫でているのを
黙って見つめている。
このマフラーは出会った時に
エレンが巻いてくれたのだと、
頬をほんのり赤く染めて言っていたミカサは、
とても可愛かった。
エレンに恋をしているのだとすぐに気付いた。
一つ屋根の下で暮らす
家族のような存在となっても、
いつだって彼女はエレンに恋い焦がれていた。




「…なんで、エレンはいつも…
私達から遠くに行くんだろう?」




ぽつりと呟くミカサの声を聞きながら、
アルミンは膝を抱えて俯く。





「…私はただ…そばにいるだけでいいのに…」





マフラーに顔を埋め、込み上げてくる涙を
堪える事が出来ず、震えた声で本音を吐露する。
不器用な言葉で仲間を鼓舞し
圧倒的な戦闘力で皆を先導する優秀な兵士の姿は
今は何処にもない。
同期の皆がミカサのこんな姿を見たら驚くだろう。
しかし、シガンシナ区で
幼い頃を共に過ごしたアルミンにとっては
自分の気持ちを伝えることが出来ず
右往左往しているミカサの方が見慣れていて
懐郷の念に駆られる。




「…エレンは昔っから…
一人で突っ走って行くんだ。僕らを置いて」




本人が望むにしろ望まないにしろ、いつもそうだ。
きっとそういう星の下に生まれついたんだろう。





「そしていつも…ボロボロになったエレンを
助けてくれるのがミカサだ」




「………、」





ぱちりと瞬きをしてミカサはアルミンの方を向くと
彼女は切なげに眉を下げて微笑んでいた。
とても綺麗な表情だった。
慈愛に満ちた…なんて使い古された言い回ししか
思い浮かばないし、正しい意味も理解していないが
多分それがぴったり当てはまる。





「僕は…エレンを助けることも、
守ることも出来なかった。
むしろ、その逆だ…足を引っ張ってばかり。
でも、ミカサはいつも
ちゃんとエレンを助けてくれた。守ってくれた」




「………」




「それにさ、不思議なことに…
エレンはいつも、ミカサが来てくれるまで
絶対に倒れなかった。力の限り暴れまわって、
何度倒されても起き上がる。
今回だって…きっとそうだ」




喧嘩はろくに強くないくせに、
相手が3人だろうと6人だろうと
お構いなしに突っ込んでいく。
彼が勝った所なんて見たことない。
ただ、負けて降参した所も見たことがなかった。




「エレンが、ライナーとベルトルトに
大人しく連れ去られて行くだけなんて思えないよ。
きっと今も戦ってる。
だから、エレンを助けに行こう。いつもみたいに」




「……うん…」




じわりと涙が込み上げてきて、
ミカサは慌ててそれを拭う。
アルミンの心はどうしてこんなに強いのだろう。
一見か弱くて、そうは見えないのに。
アニを前に、ストヘス区で泣き崩れた彼女は
けれどすぐに立ち上がった。
超大型巨人の正体がベルトルトだと知っても
彼らを追い込むために進撃することをやめない。
彼女は自分とエレンが知らない所で
辛いことを沢山乗り越えてきたのだ。
一人で。




「…言ってほしかった」




袖で顔をぐいっと拭い、ミカサはいつもの
夜の優しい闇のような瞳でアルミンを見つめる。




「ベルトルトのこと」




「…あぁ…」




「どうして言ってくれなかったの。
言ってくれたら私が…奴のことを八つ裂きにしたのに」




平気で物騒なことを口にするミカサを見て
アルミンは苦笑する。本当に実行しそうで怖いな。
しかも真面目な顔で淡々と任務を遂行するだろう。
想像すると可笑しくて、肩を震わせるアルミンを
ミカサはじっと眺めている。

アルミンは笑っているけど、それは演技だ。
本当は笑ってなんかいない。




back
121/106


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -