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ウォール・ローゼが突破されたという報告を受け、逸早く声を上げたのは駐屯兵団司令官であるドット・ピクシスだった。




「避難経路を確保せよ!!駐屯兵団前線部隊は全兵力を東区に集結させ避難活動を支援する!!皆それぞれの持ち場へ!!住民の避難が最優先じゃ!!」




突然の報告に戸惑う面々の中、ピクシスの声に煽られるようにナイルは身を翻す。ウォール・ローゼの東区には、愛する妻と子供達が暮らしている。直ちに内地へと避難させなければ。


しかしそれを諌めたのは、王政幹部の男の怒声だった。




「ダメだ!!ウォール・シーナの扉をすべて閉鎖せよ!!」




扉を開ければ内戦が始まる。彼らはそれを恐れているのだ。ウォール・ローゼの住民の命を見殺しにして、自分達の身の安全を確保しようとしている。



「避難民を何人たりとも入れてはならんぞ!!」



「そ、それは!!人類の半数を見殺しにするとのご判断でしょうか!?」



非情な決断に愕然とし、ナイルは相手が王政幹部だということも忘れ、食ってかかる。この男が自分と同じ人間だとは思えなかった。ナイルの目には、目に見えない巨人の襲来にガタガタ怯える豚に見えた。



「先程その者が言った通り…内戦が始まるだけだ!!わざわざ敵を増やすことはあるまい!!」



その者、と称された人物に…エルヴィンに、ナイルは視線を向ける。雲ひとつない青空を思わせる碧眼は…ナイルを真っ直ぐに捉えている。



俺はただ見ている。
選ぶのはお前だ。



彼は自分に、そう言っているような気がした。



ーー…見くびるなよ、エルヴィン。
俺はそこまで腐ってはいない。

ぎりりと歯を食い縛り、ナイルは憲兵達に思いを告げる。



「俺はウォール・ローゼ側の人間だ。
閉鎖は阻止させてもらう」



「な!?」

「王に刃向かう気か!?」



無謀な行動をとろうとするナイルを止めようと、憲兵達は彼を取り囲むが、ナイルの意志は固く、生半可な覚悟の者でそれは打ち砕けない。どけ、と鬼気迫る表情で凄めば、彼に恐れをなしたのか憲兵達は後退る。

その光景を目の当たりにし、やはりコイツは骨のある奴だったとエルヴィンはほくそ笑んだ。



ナイルが扉に手をかけたと同時に、向こう側から扉は勢いよく開け放たれた。

それに驚き、ナイルはそこに現れた人物を凝視する。立っていたのは、憲兵団、駐屯兵団、調査兵団、三つの兵団を統括する人物ダリス・ザックレーだった。


ザックレー総統は、混乱を極める広間を隅から隅まで見渡した後、王政幹部達に冷めた眼差しを向け、とある報告をする。





「先程の報告は誤報です。御安心下さい」





総統のレンズの下の瞳は絶対零度の輝きを放つ。視線に明らかな軽蔑の色を滲ませて。


誤報と聞いて、幹部達の顔は生気を失っていく。冷静になって漸く、自らの行動を省みたのだろう。

自らの資産を残り半数の人類より重いと捉え、扉を閉鎖しろと命じたことを。この場に居る大勢の人間がその目で見、その耳で聞いていた。

ここにいる全ての人間が証人だ。



「首謀者ならワシじゃ」



あっけらかんとそう名乗り出たのはピクシスだ。
正確には、エルヴィンと数日前に話し合って決めたことだ。

エルヴィンはピクシスにこう言っていた。



ーー…彼らに尋ねてみましょう。彼らは人類の手綱を握るに相応しいのか…決めるのは、王政です。




(…エルヴィン・スミス…恐ろしい男よ)




博打だと言っていたが、結果的に彼の意のままに事は運んだので、ピクシスは身震いをする。物事も二手も三手も先を見据え、戦略を練るエルヴィンの頭脳を評価すると共に恐怖すら覚える。




ザックレーや駐屯兵団の力で中央憲兵の制圧が完了したちょうどその頃、街ではベルク社から号外が出された。

記事にはリーブス商会の殺害現場から生き延びた会長の子息・フレーゲルの証言が記載されている。同時に王政の圧力にすべての情報機関が従っている現状の告発、果てはフリッツ王は偽の王であり、本物の王はとある地方貴族として世を忍んでいるとの話も、王政の中枢に携わる中央憲兵の証言と共に掲載されている。




ーー…この日、事実上調査兵団は王政の打倒に成功したのである。






◆◇◆◇◆◇






…憲兵団の兵士マルロとヒッチの助力により、リヴァイ班が中央憲兵の根城に乗り込み、それを制圧したのは、その翌日の夜の事だった。

中央憲兵のリーダーと思わしき男を一人、リヴァイは森の中へと連れ込む。


エレンとヒストリアの居場所を吐かせるため、拷問にかけるのだ。


外で荷馬車と馬を守っていたシャオは、先に城の中から出てきたリヴァイ達を見て、緊張を走らせる。これから何が行われるか瞬時に理解したようだ。




「…全員無事だ。あいつらも直に出てくる」




だがやはり二人はいなかった、と呟き、リヴァイは鋭い瞳をシャオに向ける。

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