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「いいか?この壁の中は常にドブの臭いがする空気で満たされている。それも100年以上ずっとだ、この壁の中はずっとクソなんだよ…それが現状だ。


俺がそれに気付いたのは数年前からだ。なんせ生まれた時からずっとこの臭ぇ空気を吸ってたからな…これが普通だと思っていた。


だが壁の外で吸った空気は違った。地獄のような世界だが、そこには壁の中にはない自由があった…俺はそこで初めて自分が何を知らないかを知ることが出来たんだ」



エレンとミカサ、そしてシャオがリヴァイの話に聞き入っていると、そこでハンジが割って入ってくる。



「つまりリヴァイが言ってることはこうだ!今回我々はエレンが硬質化出来ないことを知ることに成功した。もちろんそれだけじゃない!」



「………」



語り手がハンジに変わったので視線は一斉に彼女に向けられる。突然話が変わったことにシャオはキョトンとしていたが、徐々に頭の中で話が繋がっていく。



「今回の実験のすべてを有益な情報に出来る。派手に狼煙を上げた代償を払うのはこれからだけど、実験の結果を活かせるかどうかもこれからだ。つまり、これからも頑張ろうぜ!」


ぐっと握り拳を作り、ハンジはリヴァイに笑みを向ける。



「…って、リヴァイは言ってんだよね」



眉間の皺は濃かったが、大人しくハンジに委ねていたリヴァイは、最後に「ああ、助かる…」と呟く。
リヴァイの本心を知った途端、エレンやミカサの表情は和らいだが、シャオは曖昧に笑っていた。


…ハンジさんはすごい。兵長の気持ちをすぐに察して、フォローに回れるなんて。


自分はすぐに気付いてあげられなかった。リヴァイが口下手なことを知っているのに、それを読み取ってあげる力が自分には不足していると今この時シャオは痛感した。
昨夜だって、リヴァイのとった行動が嫉妬心からであったことに気付かなかった挙げ句、本人に言わせてしまった。きっとリヴァイは言いたくなかった筈だ。ガキ共に妬いた、なんて。



ぼんやりとしているシャオには気付かず、ハンジはこれからの説明を始める。




「さて…硬質化出来ないってことがわかった今、進むべき道は決まった。次はウォール教とその周辺の追及だ」



ウォール教ー…彼らは硬質化した巨人で作られた壁の起源を何か知っている。あの壁の作り方…即ち硬質化の情報を知っているのかもしれない。またその謎を知ることが出来るのが、人類の最高権力者である王ではなくて、何故レイス家なのか。




「きっと…王都に行ったエルヴィンが何か掴んでくる筈だ」







◆◇◆◇◆◇





本日、王政召集されたエルヴィンが状況を見て何かしらの指示をリヴァイ班に下す。その便りを受け取りに、リヴァイとジャンは指定されているポイントへと向かった。


見張りはミカサとアルミンがついている。


静かな隠れ家でシャオはハンジとソファーに腰掛け、昨日の実験の話をしていた。

エレンが自分の動きを真似してくれた時は興奮した、とか、喋ろうと試みた時に少し漏れた声が可愛かった、とか。本部に居た時と同じような時間が流れていたが、シャオの表情の微妙な変化に、ハンジは目敏く気付く。



「どうしたー?何か元気ない?」



エレンが柱を鉛筆みたいに持っててその持ち方が、と熱く語っていたシャオの動きがピタリと止まる。脈絡なく向けられた問いに驚きハンジの表情を窺えば、彼女はいつも通りの顔でシャオを見つめていた。



「…ハンジさんやっぱり、鋭すぎます」



降参、と言ったふうに肩を落とすシャオを豪快に笑い飛ばし、バンバンとシャオの肩を叩く。



「伊達にあなたより長く生きてないからね!さぁさぁ何かあったなら話しなよ!」



「………、」




優しさが身に沁みる。笑いながらも自分をこんなに心配してくれているハンジに対し、卑屈になっている自分が惨めに思えてくる。

実力もさることながら、ハンジはリヴァイと年齢も近く、付き合いも長い。二人は5年以上肩を並べてきたのだ。そこに突然現れた自分が入り込む隙などなくて考えてみれば当然のことだ。



「…シャオ?」



俯いてしまった彼女を見てこれはただ事ではないと察したハンジは、向かいから隣に移動する。シャオの長い睫毛は伏せられ、憂いを帯びたその表情がとても綺麗だと思った。



「リヴァイと何かあった?」



ハンジはリヴァイから、シャオと近々結婚すると聞かされていた。もしやマリッジブルーってやつかな、と軽い気持ちで聞いたところ、シャオは悲しそうに微笑み顔を上げる。



「いいえ、なにも…」



「嘘。何もなければそんな顔しないでしょう?リヴァイに嫌なことされたんなら、ぶっ飛ばしてあげるからさ!」



返り討ちに遭うかもだけど、何せ人類最強だしねー、なんてケラケラ笑うハンジに、シャオも笑みを見せる。




「リヴァイはさ、口がヘタだし…シャオみたいに頭のいい人は深読みしちゃって大変だろうなぁとは思うけど」



ハンジが何気なく放ったその一言にシャオは反応を見せる。一瞬目を大きくさせたのをハンジは見逃さなかった。



そう、リヴァイが何を考えているのか解らない。正確には、解らなくなった。どんどん解らなくなっていく。距離が近くなればなる程。


彼はどうして私を選んだのだろう。


元々、人の心の機微には敏感であると思うし、だからこそ104期生の面倒を見るように頼まれたのだと自負しているが、リヴァイの気持ちは解らないままだ。



「…わからないんです。兵長の隣に、私が居ていいのか」



「当たり前じゃないか!リヴァイが選んだんだよ?この前も結婚するって惚気てたんだからさ」



「〜〜でも、でも、もっと相応しい人が居ると思うんです、ハンジさんみたいな!」





マキシ丈のワンピースの膝の部分を握り締め、シャオは大きな声で言い放った。


言い放った後我に返り、しまった、と思った。



目の前にはポカンと口を開けているハンジの顔。ハンジはそのまま暫く放心状態だったが、やがて小声で「…へ?私?」と呟いた。

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