( 2/4)


エレンは丸一日眠り続けた。
彼が目を覚ましたのは、翌朝のことだった。

巨人の熱で焼け爛れていた顔の皮膚はすっかり元通りになっている。



「…そんな…丸一日寝てたなんて…」



盥に入れたお湯にタオルを浸し、それを絞って顔を拭くように促せば、エレンは軽く頭を下げて受けとる。



「ううん、私が無理させたの…ごめんねエレン」



しゅんとするシャオを見て、「シャオさんが謝ることじゃないです!」と慌てて声を上げれば、傍らに座っていたミカサが目を光らせる。
ミカサお手製のスープを啜りながら、エレンは無表情で隣のベッドに座っているリヴァイをちらりと見た。



「あの…兵長。実験は、どうなったんですか?」



「その話はハンジが来てからだ」



それだけ言って、彼はまたエレンから視線を外して沈黙する。本人は意識していないだろうが、リヴァイからは常に威圧を感じる。それが今日は更に顕著だった。もしかしたら昨日の実験の結果に怒っているのかもしれない。それなのに今、何も思い出せないのがもどかしい。


エレンがスープを飲み終わった頃、ハンジとモブリットがやって来た。いつも通り軽快なノックと共に現れたハンジは、目覚めたエレンの顔を見てホッとしたように眉を下げた。



「よかった元に戻って!ミカサに削がれずに済みそうだ」



「え?」



「いやいやこっちの話!それよりどんな実験をやったか覚えてる?」



モブリットが描いたエレンの顔のスケッチを片手に、ハンジは窓際のベッドに腰を下ろす。昨日のことを思い出し、剣幕で立ち上がったミカサの視線が痛い。




「それが…実験が始まった時から記憶がありません。硬質化は…どうでしたか?」




恐る恐る尋ねられれば、毅然とした態度でハンジは結論から言った。




「残念ながら、巨人化したエレンにそれらしい現象は何も起きなかったよ」




「………!」




何もなかった。


ウォール・マリア奪還作戦が白紙に戻ったということだ。


あんまりの結果に言葉を失うエレンを見ても、ハンジは続ける。



「実験の流れはこうだ。ウォール・マリアを模した巨大な洞窟を…硬質化した体で埋めることを目的にエレンは巨人化した。しかし何も起きなかったからその場合の予定通りに耐久テストと知能テストをやることになったんだ」



昨日、シャオがまとめた資料に目を通しながら、ハンジは昨日の実験を一から振り返る。

一回目の巨人は15m級。過去に出現させた巨人と同じ大きさだ。まず簡単な命令を聞いてもらった、片足で立ってもらったり腕を振ってもらったり…誰の命令でも応えた。エレンの意識がはっきりしていたからだ。喋ってもらおうとしたが、これは上手くいかなかった。恐らくは口の構造が発音に向いていないからだ。
そしてロープや丸太を使った作業をしてもらった。かなり細かい作業まで出来た、巨人化したエレンなら簡単に城を立てることが出来るだろう。
そして一時間が経過したあたりで変化が表れ、頭を抱えて苦しみ出す。そのまま30分程経ち、エレンは恐らく自分の意志で巨人から出てきた。その時から記憶の混濁が見られ、意識が曖昧だった。



エレンは30分程休んだ後、2回目の巨人化に挑んだ。



2回目も硬質化は叶わず、現れたのは13m級の巨人。
1回目の知能テストの反復を試みたがそれは叶わず全ての命令を受け付けないまま、ひどい空腹に襲われたようで、自分で建てた家を食べてしまった。
そのまま暫く暴れた後、力尽きたように巨人化は解かれた。



そしてまた30分休んだ後、3回目の巨人化を試みた。
今度は10mに満たない巨人だった。自立出来ない程不完全なもので、エレンの半身は剥き出しの状態だった。



「自我がないように見えたけど、ダメ元でシャオが今何を考えているか教えてほしいと頼んだら、君は地面に文字を書き始めた。大分乱れていたが『父さんが』『オレを』と書いたようだ。その後…」



ちらりとシャオを見れば、彼女は首を左右に振る。言わなくていい、ということだ。古城での一件に次ぎ、二度も彼女を危険に晒したと知れば、エレンは相当心を痛めるに違いない。


「…君を取り出すには加勢が必要だった。君とより深く一体化しかけてて引き剥がすのが大変だったよ」




以上が昨日の実験の結果だ。とハンジがまとめると、それまで沈黙を守っていたリヴァイが立ち上がり、エレンの傍らに座り直す。




「俺達はそりゃあガッカリしたぜ…おかげで今日も空気がドブのように不味いな」



鋭い棘のある言い方に、反論したのはエレンではなくミカサだ。



「エレンは全力を尽くしました!」



「知っている。だからどうした?頑張ったかどうかが何かに関係するのか?こいつは今穴を塞げねぇ」



下から見上げられているのに見下しているようなリヴァイの眼力は、あのミカサでさえもたじろぐ迫力だ。それでもなお、ミカサはエレンを庇おうと必死だ。



「それで…エレンを責めても…」



対するリヴァイは、別にエレンを責めているわけでも、苛めているつもりもなかった。暗い顔をするエレンとミカサには、言いたいことが全く伝わっていないことを悟り、リヴァイは溜め息を吐く。



「…おい。俺は口が悪いだけで別に責めちゃいねぇよ。不足を確認して現状を嘆くのは大事な儀式だ」




少しだけ声音を和らげて語り出すリヴァイの横顔を、シャオは隣に腰を下ろしてじっと見つめている。

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