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隣室から聞こえてくるベッドの軋む音に、ジャン・キルシュタインはおののいていた。
それでも壁にぴったりと左耳をくっつけている。あわよくば惚れた女の喘ぎ声を聞いて快楽に肖りたいとでも思っているのだろうか。両目は血走っている。
既に規則正しい寝息を立てているアルミンとの、この差。
エレンは冷めた目でジャンを眺めていた。
「お、おいおい…!これぜってーヤってるぞ…!」
「…当たり前だろ。夫婦なんだから」
「何でテメーはそんな冷静でいられんだよ!?」
ベッドの上に胡座をかき欠伸をするエレンを、信じられないと凄まじい形相で振り返るジャン。
エレンもシャオに惚れていた筈だ。合同演習の後、古城に戻る前にエレンはしたり顔でこっそり言ってきたのだ。可愛いだろ俺の先輩、と。訓練兵時代、頭には巨人を駆逐することばかりで恋愛には全く興味を示さなかった死に急ぎ野郎が、彼女を可愛いと称したのだから恐らくそういう事だ。
それなのにこの状況で、何故欠伸をかいていられる?
好きな女が人類最強の男に滅茶苦茶にされてるってのに!!
「…つーか、見たことあるし」
「………は?」
「古城で。見た。二人がヤってるとこ」
「……………」
"古城"が旧リヴァイ班の拠点だった、というのをぼんやりと思い出しながら、ジャンはエレンが放った言葉の意味を理解しようと必死だ。そして許容範囲を超え、頭がパンクしそうになる。
ベッドから飛び下り、一瞬でエレンのベッドに乗り上げると、ジャンはエレンの襟首を掴んだ。
「て、て、テメェェェ!!覗いたのか!?兵長の部屋を!?どうやって!?!?」
どうやって覗いたか知ってどうする。
「覗いてねぇよ!二人が風呂でヤってたから偶々見ちまっただけだ、てか離せ!!」
「なんだよそれ、羨ましすぎんだろ!俺にもその記憶くれよ!!一生オカズに困らねえ!!」
「お前兵長に殺されたいのか!?」
その兵長が今回はわざと聞かせようとしていることなんて二人は知らない。
ジャンは頭を抱えてゴロゴロと床をのたうち回った。規則的に続く軋む音がさっきより早くなっている気がする。声は聞こえないから恐らく我慢しているのだろう。その情景を想像してしまい、とりあえず落ち着こうとジャンはわざとらしく息を吐く。今夜は眠れないかもしれない。
「…消すぞ」
「お、おう…」
ランプの火を消して、二人はそれぞれのベッドで毛布を被り、無理矢理寝付こうと瞼を閉じる。だが、そう簡単には眠れないとお互い解っているのだろう。部屋の中は気まずい沈黙と、隣室から聞こえる音、そしてアルミンの寝息という異様な雰囲気に包まれた。
…古城で二人の情事を見てしまった後、エレンは駆け足で地下室へ戻り、自慰に耽った。エレンも年頃の少年なのだからそれは当然の行動だが、シーツの上に吐き出したものを見て、酷い自己嫌悪に陥ったのを覚えている。
いつも自分を気にかけ、励まし、優しい眼差しで微笑んでくれるシャオを、エレンは想像の中で犯した。浴室で見たのはリヴァイに跨がる彼女の後姿だったので、小さい体を壁に押し付け、自分のもので背後から貫く様を想像したのだ。あの白い尻を無遠慮に掴み、何度も何度も奥を狙う。その度に涙に濡れた声でシャオは喘ぐ。はぁ、はぁ、と想像でも現実でも荒い呼吸を繰り返しながら、エレンは腰を動かし続ける。ものを握っているのは自分の掌なのに、彼女の肉壁に包まれているのを想像しただけで快楽が増した。
絶頂に達する寸前、彼女は泣きながら此方を振り向いて言った。
やめて、エレン、と。
…彼女は兵長しか求めていないのだ。
自分の想像の中ですら、自分の都合のいいようには出来なかった。
エレンが彼女を想像して抜いたのは、壁外調査のその夜だけだ。一時的に手に入れても、後にどうしようもない虚無感に襲われるのが分かるから。
◆◇◆◇◆◇
熱くなった肢体を逞しい腕の中に抱き込み、深い部分で繋がる。彼女を追い込んでいるのは奥まで届く律動だけ。キスもしなければ、髪を撫でたり胸を弄ったりもしない。ガッチリと頭と背中を抱き込み、規則的に腰を打ち付けているだけだ。見えるのは見慣れない天井。リヴァイの顔はすぐ左側にあるのに見えない。
くしゃくしゃになったシーツの上。
ズチュ、ズチュ、という水音とベッドの軋む音。
「聞かせてやれよ、なぁっ?」
「………!」
「聞かせろっつってんだ、わかんねぇか?命令だ、」
息を切らして言葉を紡ぐリヴァイの声に、シャオの中はまたきゅっと締まる。
「…う……」
一度動きを止め吐精感をやり過ごすと、また律動だけを繰り返す。先程は奥まで深く挿入していたが、今度は浅い場所で小刻みに動き出した。
シャオが悦ぶ場所を狙って。
案の定、シャオの吐息が乱れたのを首に感じる。
「命令してんだ、啼けよ」
「……やぁ、だっ…」
「言うこと聞けねぇなら朝までこのままだぞ、いいのか?」
「…っなんで、」
こんなことするの?
その疑問は突然強すぎる快楽を打ち込まれて、言葉にならなかった。
「〜〜〜あぁぁっ!!」
浅い場所で動いていたリヴァイが突然奥を抉ったので、喋ろうとして口を開いていたシャオの口からは嬌声が漏れてしまった。リヴァイもこれを狙って声を掛けたのだろう。
達したシャオは呆然とし、力の抜けた身体をベッドの上に投げ出している。同時に絶頂を迎えたリヴァイも、彼女の腹の上に射精した。最後まで出し切ると、「よく出来たな。いい子だ」と言って髪を撫でる。
虚ろな目でリヴァイを見上げ、シャオは呼吸を落ち着かせようと必死だった。
はしたない声を聞かれたかもしれない。明日からどんな顔をして会えばいいんだろう。
そもそも、兵長は何でこんなことをするの?
私が嫌がることをして愉しいの?
そう思っただけで悲しくて、シャオの目からはハラハラと涙が溢れた。
「ううー…」
本格的に泣き始めるシャオを、隣に寄り添い抱き締める。普段の彼からは想像できない優しさで彼女を包んだ。リヴァイは、悪かった、と素直に謝罪しながらシャオの耳朶を食む。彼女の上体を起こし、赤子をあやすように背中をトントンと叩いてやる。
腹の上の白濁がとろりと流れてシーツを汚す。普段の潔癖性の彼は身を潜んでいるらしい。今は目の前の彼女に向き合おうと必死で、事後処理をする余裕がない。
シャオは涙目で此方を見上げてくる。その目がリヴァイがとった行動の意図を探っているのに気付き、リヴァイはこれにも素直に答える。
「ガキ共にお前は俺のもんだと解らせた…要するにガキ共に妬いたんだ、笑えるだろ?」
額と額を合わせ囁くように吐露すれば、シャオは大きな目を見開き真っ直ぐにリヴァイを見上げる。
妬いたんだ、なんて、絶対に言わなそうな人なのに。彼は目と目を合わせ、素直な感情をぶつけてくれた。
理由を知った彼女の澄んだ瞳は、もうリヴァイを責めてなどいなかった。
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