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この隠れ家はいずれ見つかる。逃げてるだけでは時間が経つ程追い詰められる。時間が経てば奴等が諦めるとは思えない。

人の目を気にして身を隠すより、まだ注視されてはいないこの時期に、一刻も早く、エレンの硬質化実験を始めなければならない。

何故ならばウォール・マリアの穴を塞げる可能性があるのはエレンだけであり、人間同士で争わなくても生きていける世界にできるのもまた、エレンだけだからだ。




「まぁ…俺に言わせりゃ今後の方針は二つだ。背後から刺される前に外へ行くか、背後から刺す奴を駆除して外へ行くか。お前はどっちだハンジ?」



改めてリヴァイにそう問われ、ハンジはきゅっと口を結ぶ。


この男が人類最強と云われる所以は、身体だけではなく、心の強さにもある。どんなに負け軍でも、どんな局面でも、リヴァイが隣に立つだけで状況はひっくり返る。

その強さにハンジは何度も助けられた。

一応ハンジも女性であり、リヴァイに惹かれる瞬間が一度もなかった訳ではない。殊更こういう時は、あぁ、この人いいな、と思ったりするわけだ。
しかし自分がリヴァイの隣に並んでいる姿を想像するだけで笑えてしまう。小柄なリヴァイに、背が高くいかり肩のハンジ。明らかに釣り合わないじゃないか。


ハンジの目にいつもの色が戻った。




「…両方だ。どっちも同時に進めよう」






硬質化実験を行いながら、中央の敵を叩く。




ハンジの決定に、新リヴァイ班の面々は覚悟を決めたような面持ちで頷いた。



「…まぁ、エルヴィンならそう言うだろうな…」



リヴァイがポツリと呟いたのは、
今日此処にはいない団長の名。








◆◇◆◇◆◇




その日の夜、夕食の席で、ヒストリアが自分の生い立ちを語った。無表情のまま淡々と綴られる物語は、この可憐な少女には似合わない悲惨なものだった。

ウォール・シーナ北部、貴族家・レイス卿の領地内にある牧場で生まれたこと。実の母親、祖父母、この土地に暮らす全ての人間から、自分はいないものとして振る舞われたこと。孤独を抱えて一人きりで生きてきたこと。幼い少女に対する余りの仕打ちに、皆かける言葉もなく黙り込んだまま耳を傾けている。

そして5年前のあの日。ウォール・マリアが陥落して数日後の夜、ヒストリアは初めて父親に会った。彼の名はロッド・レイス。それはこの地を治める領主の名だった。


『ヒストリア…これからは私と暮らすぞ』



父親はそう言い、ヒストリアを連れて外の馬車へ向かった。その時、彼女は母親の悲鳴を聞いた。気付けば大勢の大人が周りを取り囲んでいた。そして、その中の一人、シルクハットの男に母親は殺された。

一瞬のことだった。


血飛沫が舞い、その温もりを一度も知らないまま、母親は冷たくなった。


シルクハットの男はヒストリアも手にかけようとしたが、それを寸前の所で父親が止める。

そしてある提案をした。



ここよりずっと遠くの地で慎ましく生きるのであれば、見逃してやったらどうかと。







『…君の名は、クリスタ・レンズだ』








クリスタはその後2年間を開拓地で過ごし、12歳になり訓練兵団に入団。


そして…


皆と出会った。







◇◆◇◆◇◆








隠れ家の部屋割りはリヴァイが行った。

シャオはリヴァイと同室だ。古城ほど広くはないので、すぐ隣にはエレン、アルミン、ジャン、コニーの男子部屋がある。向かいにはミカサ、ヒストリア、サシャの女子部屋。

夜は交代で二人が見張りにつく。

今はコニーとサシャがついている筈だ。



ベッドに腰を下ろすリヴァイを見て、シャオは濡れた髪をタオルで包み、口を結ぶ。

ヒストリアの凄惨な過去が明らかになっても、シャオは彼女にかける言葉が見当たらなかった。
不甲斐ないことに、なんて言ってあげれば良いのかわからなかった。



「…おい、なに突っ立ってる」



毛先から滴る雫を拭おうともせずぼうっとしているシャオを怪訝に思い、リヴァイが声を掛けると、彼女は弾かれたように顔を上げる。



…コイツは解りやすすぎる。



傷付いた顔のシャオを見てため息を吐き、リヴァイは徐に彼女の手を引き、自分の足の間に座らせる。彼女の髪を後ろから丁寧にタオルで拭き、水気がなくなった後、しっとりとした髪の間から覗くうなじに唇を当てた。

ちゅう、と吸い付くと、驚いたのかシャオの身体は跳ねる。



「へ、兵長、そんなところ…!」



「痕にはなんねぇよ。…なんだ、残して欲しかったのか?」



「〜〜違いますっ!」



顔を真っ赤にして振り向けば、リヴァイの切れ長の目と目が合う。それがフッと細められ、僅かに顔を傾けたのを合図に、二人の間に距離はなくなった。

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