( 3/6)


普段ならここで真っ先に笑い声を上げる筈のハンジが柄にもなく暗い顔をして黙り込んでいるのに、リヴァイはいち早く気付いた。

ハンジとは長い付き合いだ。

長いと言っても十年来の友人ではなく、たかだか数年だ。数年間でも長いと称される程、周りの人間の入れ替わりが早い。皆巨人に食われて死んでいくのだから。

巨人の驚異と戦いながらもしぶとく生き残っている自分達は仲間ではなく戦友だと言い切れる。



「おい…俺はてっきりお前らがここに来た時から
、全員がクソが漏れそうなのを我慢してるのかと思っていた」



独特の言い回しで切り出し、リヴァイは紅茶のカップを受け取り空いている席につく。斜め左側に居るジャンがビクついたのには気付かない振りをした。



「一体なぜお前らにクソを我慢する必要があるのか、理由を言えハンジ」



テーブルの上に紅茶を淹れたカップを並べながら、シャオは耳だけを向けて二人のやり取りを聞いていた。




「ニック司祭が死んだ」




続くハンジの言葉に驚いて、危うくソーサーを落としそうになる。ピカピカに磨いたばかりのテーブルなのに。

シャオはトレイを抱えたまま、部屋の隅のソファーに座っているハンジに目をやった。ハンジはいつも見ている彼女より、幾分か窶れて見えた。



「今朝トロスト区の兵舎の敷地内で、ニック司祭が死んでいるのが発見された」




今度はさっきよりもハッキリとした声で、リヴァイに"報告"をするように気丈に振る舞うハンジ。しかし、顔色は良くない。



「死因はわからないけど殺されたんだ」




きっとハンジは人の死に近付き過ぎたんだと、シャオは先日大粒の涙を溢していたハンジを思い出し、眉を下げる。



ニック司祭がが死んでいるのを発見したのはハンジ本人ではない。彼女の部下であり一番の理解者でもあるモブリットから、早朝に報告を受けたのだ。ニックの遺体が発見され、憲兵が捜査に当たっていると。


半信半疑でニックの自室に向かえば、モブリットが言った通り憲兵が二人。中を覗けばニックの遺体が床に転がっていた。覗き見たその一瞬で、ニックの指の爪が剥がされているのと、何度も殴られたような顔をしているのを確認出来たハンジは流石と言えよう。

そして、捜査に当たっていた憲兵が中央第一憲兵団のものだということも、身に付けていた団服に記されていたので解った。


なぜ、王都の憲兵が最南端のトロスト区に?



おかしいと思ったハンジは憲兵にへりくだり、ニックが何者か知らないとひと芝居打つと、気をよくした憲兵はウォール教という単語をポロッと出した。それにつけこみ大袈裟に驚いてみせ、ハンジは然り気無く憲兵の手を握った。



その時にハンジは確信した。
ニックを殺したのはこの男だと。


中央第一憲兵団ジェル・サネス。
こいつの拳の皮が捲れていた。
ニックは中央第一憲兵団に拷問を受け、殺された。




この状況を普通に考えれば、ライナー達のような"外から来た敵"の仲間がずっと中央には居たということになる。





『…その卑劣な悪党共にこうお伝え下さい』




犯人がサネスだと確信した瞬間に腸が煮えくり返りそうになったのを必死で堪え、ハンジは必死に正気を保ちながら、サネスの目を見て言い放つ。



『このやり方にはそれなりの正義と大義があったのかもしれない…でもそんなこと私にとってどうでもいいことだ!!悪党共は必ず私の友人が受けた以上の苦痛をその身で生きながら体験することになるでしょう!!

あぁ!!可哀想に!!』




負け惜しみを叫びながらも、ハンジの右手はしっかりと左胸に当てられていた。




「ウォール教が調査兵団に助力したニックを放っとかないだろうとは思っていた…だから正体を隠して兵舎にいてもらっていたんだけど…」



まさか兵士を使って殺しに来るなんて。



項垂れてハンジは両手で顔を覆う。


こんなに弱っているハンジを前にすると、シャオの心まで萎んでいくようだった。


普段は頭の切れるハンジが、ニックを殺されたことに責任を感じて逃げ腰になっている。

強くて勇ましい彼女が、一刻も早く行動を始めないといけないこの状況で待機を選ぶなんて。
前に進むのが怖いなんて。



「…拷問って。憲兵はニック司祭を拷問して…どこまで喋ったか聞こうとしたのですか?」



冷静にそう問いかけたのはアルミンだ。その問いには俯いているハンジの代わりにリヴァイが答える。



「だろうな。レイス家とウォール教の繋がりを外部に漏らしていないかってことと…エレンとヒストリアの居場所を聞こうとしたんだろ」




…情報を、拷問して、聞こうとした。




シャオは椅子に座り何やら思案した後、大きな瞳を真っ直ぐにハンジに向けて、静かに問う。




「…ハンジさん。司祭の爪は何枚剥がされていたんですか?」




「………は?」




突拍子もないことを聞かれハンジは思わず顔を上げると、シャオは何もおかしくはないとでも言うようにハンジを見返している。物騒なことを言い出すシャオに104期生達は愕然と彼女を凝視するが、それにも全く意に介さない。ただ一人だけ彼女に同調するように、「見たんだろ?何枚だ?」と被せてくるのはリヴァイだ。



「…わからないよ…一瞬しか見れなかったんだ。でも…見えた限りの爪は全部剥がされてた」



「…ほう。だ、そうだシャオ」



紅茶を啜りながら満足そうに頷けば、シャオはリヴァイを一度見た後ハンジに視線を戻す。しかしこんな物騒なことをこれ以上自分の口では言えず、助け船を求めてもう一度リヴァイを見ると、彼はシャオの言いたいことを代弁してくれる。



「つまり喋る奴は一枚で喋るが…喋らねぇ奴は何枚剥がしたって同じだと言うことだ。ニックが口を割らなかった可能性が高いとなれば、中央の何かは調査兵団がレイス家を注視してるってとこまで警戒してない…かもしれん。だろ?」



相変わらずギロリと音がしそうな程の目つきの悪さだが、シャオは臆することなく頷いた。
リヴァイは十二分に腕が立つだけではなく頭の回転も早い。不気味な程頭がキレるシャオの思考回路にもついていける。ただひとつ違うのは、シャオの知識は座学で培ったものだが、リヴァイは経験で培ったものだということだ。

PREVNEXT


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -