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つまり、巨人の正体は人間である、と。


確証はないが、そうなると巨人のうなじの弱点に何があるのかがわかる。巨人の弱点、『縦1m横10cm』には、『人間の脳から脊髄』にかけての大きさに当てはまる。そこを切除されると全ての機能を失うのは、それが巨人の物質とは独立した器官であるからだろう。




「…何言ってんのかわかんねぇなクソメガネ…」




ハンジの仮説を黙って聞いていたリヴァイが、不愉快そうに口を挟む。しかし次の瞬間には不機嫌さは消え、ただただ悲愴感を漂わせて俯く。



「…じゃあ、何か?俺が必死こいて削ぎまくってた肉は実は人の肉の一部で、俺は今まで人を殺して飛び回ってた…ってのか?」




「…確証はないと言っただろう?」




やんわりと否定しながらも、ハンジはリヴァイと目を合わせようとしない。



巨人の正体が人間…?



では、今まで生け捕りにしてきた巨人たちも…そう思った瞬間、痛覚実験で串刺しにされている巨人の姿が脳裏を過り、シャオは息を呑む。


その光景を振り払うように頭を左右に振った時、シャオの目に映ったのは、エルヴィンが笑っている顔だった。



「………っ、」



青ざめているシャオに気付き、リヴァイは彼女の視線の先を追うと、同じように硬直した。




「お前…何を…笑ってやがる」




呻くように言うリヴァイの声にハッとし、二人が自分を凝視しているのに気付くと、エルヴィンは普段通りの冷静さを取り戻す。


何でも無いさ、と彼は言ったが、シャオの瞼の裏に、エルヴィンの笑い顔が焼き付いて離れない。シャオの手がカタカタと震えているのに気付き、リヴァイは右手を彼女の左手の上に重ねた。



「ところで…エレンとヒストリア・レイスはどこに?」



「あぁ…それに関しても進めているよ。二人は安全な場所に隠した」



クリスタを辿れば巨人に詳しい組織を追求でき、エレンの能力を発揮できれば壁を奪還出来る。今は何よりこの二人が重要なのだ。




「二人はどこに?」




その問いに答えたのはハンジではなくリヴァイだった。




「お前が腕を食われて心身共に疲れ切っていてかわいそうだと思ったから俺が色々決めたよ。俺の班の新しい編成もな」




俺の班、と聞き、古城で生活を共にした四人の姿を思い出し、シャオは目を細める。


新しい、リヴァイ班。果たして自分は今回もメンバーに入れて貰えただろうか。それは愚問だとでも言うように、重ねられたままのリヴァイの手は温かい。




「エレンには…死に物狂いになれる環境が相応しい」





彼が放ったその一言で、新リヴァイ班にはきっと104期生が選ばれるのだろうと、シャオは気付いた。








◆◇◆◇◆◇





山奥の隠れ家にて。

いつかのように、エレンとシャオは家の掃除に精を出していた。ここは随分長いこと空家だったので、掃除のし甲斐がある。

以前リヴァイに徹底的に掃除のやり方を仕込まれたエレンは、頭に三角巾を巻きせっせと箒をかけている。



「サマになってるね〜エレン」



笑いながらそれを眺めていると、「俺が片付けしてんのにジャンの野郎が散らかすんですよ、今朝だって俺があいつのシーツを直してなかったら…」とぶつくさ小言を吐き出した。最早、彼は立派な小姑だ。これはリヴァイの教育の賜物による。潔癖性であるリヴァイは掃除には人一倍厳しく、エレンは最初よく怒られていた。相手はリヴァイだ。"怒る"なんて生易しいものではないのは言わずもがなである。

噂をしていたら、買い出しから先に戻ったジャンが家の中に入ってきた。それを目敏く見つけて、エレンは元々大きな吊目を更につり上がらせる。



「お前!家に入る前にちゃんと埃や泥を落としてきたか!?」



「…は?やってねぇよこの大荷物見りゃそんな暇じゃねぇことぐらいわかるだろ」



エレンはジャンの返答が気に食わなかったようで、ギャーギャー文句を言いながらも、その手は休むことなく掃除を続けている。主婦の鏡だ。その姿を、気持ち悪い、とでも言いたげな様子で眺めた後、ジャンは少し頬を紅潮させて水回りを拭いているシャオに近寄った。



「シャオさん、これ」



「ん?なに〜?」



おずおずと、ジャンは小さな紙袋をシャオに手渡した。手に乗るサイズの紙袋だ。首をかしげて中を覗き込むと、そこには紅茶の茶葉入りの可愛らしい缶が入っていた。紅茶はシャオの好物である。




「うわー!ありがとう!!でも、高かったんじゃないの?」




飛び跳ねて喜ぶシャオを見てジャンは頬を緩める。彼は照れ臭そうに下を向いて、「いや、この前のお礼…」とぼそりと呟いた。この前、というのはシャオが一人ひとりと顔を合わせゆっくり会話をした時のことを言っているのだろう。例外なく、ジャンの話も聞いた。…エレンを奪還する時に交わした、ベルトルトとの会話のことも。



「シャオさん紅茶好きって言ってたからさ」



「大好き!ありがとう!」



満面の笑みで、大好き、と言われれば、まるで自分に言われているかのような錯覚に陥り、ジャンは眩暈を覚えた。



「きっとリヴァイ兵長も喜ぶよ!」



「…へ?あ、あぁ、はは…」




なぜか突然出てきた人類最強の名前に、ジャンは首を傾げつつも曖昧に笑う。


ジャンはシャオとリヴァイが近々夫婦になることを知らない。それ以前に恋仲であったことすら知らない。この馬面の同期がシャオに好意を寄せているのは目に見えてわかっていたので、エレンは不敵に笑い、箒を握ったままジャンに近付き、地を這うような声で耳打ちをする。




「ありがとうなジャン…わざわざ御夫妻の好物買ってきてくれてよ」





ーーーピシッ!と、目に見えて皹が入ったジャンの姿を見て、エレンが抱えていたストレスは一気に解消された。



…恋多き男、ジャン・キルシュタインの片想いは儚く散った。







◇◆◇◆◇◆







陽が高く昇る時分、残りの買い出し組…アルミン、サシャ、コニーと、外で薪割りをしていたミカサとヒストリアが隠れ家に戻ってきた。


シャオとリヴァイに104期生が7人…これが、新リヴァイ班である。


その後、本部に行っていたリヴァイもハンジ達を引き連れて隠れ家にやって来る。

綺麗に掃除をしておけ、とシャオに命令していただけあり、リヴァイは来て早々各部屋をチェックして回っていた。そして、104期生とハンジ達を居間に通し、台所でお茶の準備をしているシャオに近付き、掃除の出来を「悪くない」と総評した。



「ふふ、エレンが頑張ってくれました。それと、ジャンが紅茶を買ってきてくれたんです!」



「…あぁ?ジャンが?」



「この前のお礼だって言ってくれました…私、何も出来てないんですけどね。でも嬉しいです!早速淹れてみますね」




眉をひそめるリヴァイに屈託のない笑みを浮かべ、お湯を沸かすシャオを見下ろし、リヴァイは無言で居間に座っているジャンを見据えた。
鋭い眼光を浴びせると、彼は何故か身体を固くさせたので、リヴァイはジャンの行動の意図を読んだ。





「お前が何のためにこんな気ィ利かしたのか知らねぇが…わざわざありがとうな、ジャン」




いいや、兵長
わ か っ て る く せ に。



その場に居合わせた104期生全員の心の声がこだました。

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