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巨人の捕獲に成功したのは今回が初めてではない。調査兵団は過去にも五回、巨人の生け捕りに成功している。
まずは第一回目の生態調査から説明を始めているハンジの前に、シャオはティーカップを置いた。エレンには夜よく眠れるようにホットミルクを。
話の邪魔しないように静かにお茶を出してくれたシャオに「ありがとね」と目を向けると、彼女が今まで見たことがない苦悶の表情を浮かべていたのでハンジは驚く。
「ど、どうしたのさシャオ!そんなに明日の訓練が嫌かい!?」
「…ハンジさん、5分だけ時間とれますか?」
静かな声でそう尋ねると、勿論だよと首を縦に振ってくれる。席を立って外へ向かうハンジの背を追いながら、シャオは椅子に座ったままポカンとしているエレンを振り返る。
「ごめんねエレン、少しだけ待ってて」
そう言ってふわりと笑ったシャオは、いつもの彼女だった。こくんと頷いてみせると、シャオはハンジと扉の向こう側へ消えた。
食堂に一人きりになったエレンは、彼女が淹れてくれたホットミルクを飲む。白くて甘くて、優しい。落ち着く。
このホットミルクは、シャオみたいだと思った。
◇◆◇◆◇◆
古城の入り口にて。辺りはとっぷりと日が暮れていて、森に囲まれた古城は漆黒のヴェールに覆われている。入り口には一つだけランタンがぶら下がっていて、二人はその灯りの下立ったまま向かい合う。
「シャオのそんな顔初めて見たから驚いた。何があったの?」
巨人談義の最中とは打って変わって、ボリュームを落としたハンジの声は低く、普段よりも固い。ランタンの橙色の灯りに照らされたシャオは依然として、ハンジの知らない彼女の顔をしている。
何かがあったのは明白だ。それを誰にも言えずに、普段通りに振る舞っていたことも。
シャオは一度口を開き、何かを言おうとして止めた。そのまま暫く沈黙を貫いた後、意を決したのかハンジと目と目を合わせて声を出した。
「ハンジさんは…。薬の知識も豊富ですよね」
「薬?…まぁ、少しは。と言っても、医療班程ではないけど」
薬と聞いて嫌な予感がした。まさか何か悪い病気にかかっているのではないかと。兵士として巨人と対峙することではなく、病に命を脅かされているのか?
…そんなことはあってはならない。
リヴァイが知ったらーー…。
焦燥にかられてハンジは両手でシャオの肩をガシッと掴み、答えを急かす。
「それがどうかした?何か必要な薬があるの!?」
「は、ハンジさん…あの、実は…」
シャオは苦渋に満ちた表情で、消え入りそうな声で告げる。
「実は……。お腹に、赤ちゃんが出来ないようにするお薬が…欲しいんです…」
「……は……?」
肩を掴んでいる力が緩む。
シャオは今、何と言った?
ハンジは告げられた台詞を理解しようと、何度も脳内でリピートする。
赤ちゃんが出来ないようにする薬、だと?
避妊薬か?堕胎薬か?
ピシッと石のように固まってしまったハンジに、シャオは恐る恐る「ハンジさん…?」と呼び掛ける。名を呼ばれて我に返ったハンジは、罰が悪そうに俯いているシャオを見下ろして徐々に冷静さを取り戻してきた。
さて、整理しよう。シャオが妊娠を望んでいないということは解った。避妊薬か堕胎薬が欲しいと訴えてきているのだから。
一番の問題は、そうなった経緯だ。
とりあえずはフーッと長い溜め息を吐いて、ハンジは頭をガシガシと掻く。そして、悄気ているシャオを腰に手を当てて見下ろした。
「……シャオ。あなたが望んでいる薬なら私にも解るし、医療班に頼めばすぐに用意できる。それは安心していい。でもね、まずは私の質問に正直に答えてくれる?」
「……はい」
「相手は誰?リヴァイだよね?」
相手の名がすんなり出てきたのでハッと顔を上げると、ハンジは苦笑した。
「昨日の帰りにミケに聞いたよ…。三人で酒を飲んだ日の翌日、エルヴィンに伝令を頼まれてミケは朝リヴァイを起こしに行ったらしい。そしたらリヴァイの隣にシャオが寝てたって言うんだ」
「そうだったんですか…!?ミケさんが来てたなんて…全然気付かなかった…」
「驚いたよ。リヴァイがシャオを想ってることは知ってたんだけどね、貴方達、私が知らないうちに結ばれてたなんてさ」
そう言ってハンジはいつも通りの笑顔を見せる。シャオは口角を上げるだけのぎこちない笑みを見せた。
「セックスをしたのはいつ?その日?」
「昨日の夜、です…」
「それじゃあ…間に合うね、うん。私はこれから本部に戻って、薬を受け取って此処に置いておくから」
そう言ってハンジは扉の近くの樽の上を指差す。
「シャオは確認次第すぐに飲んで」
「はい…」
頷いた瞬間、涙が溢れてきた。重力に従ってポロリと落ちた雫を見て、シャオは口元を抑える。ハンジはそれを見ても黙り込んだままで、何も言わなかった。
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