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水晶体の中で泣いているアニの姿が脳裏に浮かんだが、それを掻き消すかのようにアルミンは叫ぶ。
「それは残念だよ!!僕はもう!!アニの悲鳴は聞きたくなかったっていうのに!!」
アニの名前を口にすればするほど、二人の距離が離れていくような気がした。
彼女を駆け引きの道具にしてまで、成し遂げたいこととは一体何だろう、と、客観的に見るもう一人の自分がアルミンの心の中に居た。
アルミンはアニのことが好きだった。
アニもアルミンのことが好きだった。
それなのに。
「アニを残虐非道な憲兵から解放させてあげられるのは、もう君しか居なかったんだよ!?このままじゃアニは家畜のエサに……!!」
……それなのに。
何故僕はこんなことを言っているんだろう。
声を発する毎に、アルミンの心にはグサグサとナイフが突き立てられていく。
向かい合うベルトルトの顔は無感情で、深い深い沼の底のような目がアルミンを映している。
アニの危機を聞かされ、以前はすぐに反応を見せたのに、今回のベルトルトはピクリとも動かない。おかしい、と思ったアルミンは口を結ぶ。
「……すればいい。ブタのエサにでもすればいい!!」
吐き捨てるようにそう言い、ベルトルトは立体機動でアルミンに近付いていく。予想外の返答と素早い動きに逃げる事が出来ず、あっという間に距離を詰められる。
ベルトルトが三歩先の距離に近付くまでに、アルミンはブレードを抜くことしか出来なかった。
あまり目立たなかったが、ベルトルトは訓練兵団を3位の成績で卒業している。10位圏外だったアルミンと一対一での戦闘となると、結果は目に見えている。
「どうしたアルミン?話をするんだろ?」
冷静を装ってはいるが、ベルトルトの目は怒りに満ちていた。その射殺さんとする目で見下ろされ、アルミンはたじろいだが、ここで弱さを見せることは自殺行為に当たる。
アルミンは眉を寄せて剣を構えるが、剣の切先が震えていることに気付いたのか、ぺルトルトは鼻で笑った。
「アニの話をすればまた僕が取り乱すと思ったか?」
「…………、」
「アニのことが好きだったくせに、よくそんな真似が出来るな……!」
「!!」
瞳がこぼれ落ちそうなくらい目を見開いたアルミンを、ベルトルトは顔に笑みを貼り付けて睨む。
「……気付かないとでも思ったか?」
ずっとアニのことを見ていたベルトルトには解る。
アニに向ける、アルミンの瞳の奥に宿る熱の正体。
将来はエルヴィンのような策士になり得るだろうこの少年は年若く、感情を隠す術は未だ持ち合わせていなかったようだ。
誰にも気付かれないと思っていた淡い恋心は、一番悟られてはいけない人物に見抜かれていて、それを知ったアルミンは愕然とする。
「……君にはわからないだろう。僕達が今までどんな目に遭って、どんな思いでここまで来たか……」
苦痛を滲ませ、ベルトルトは俯く。
「……許されないと解っていて、それでも君を好きになってしまったアニの気持ちなんか……」
「……ち、違う……!!」
頼むからそれ以上言うな、とアルミンはブンブンと首を左右に振る。わかってる。アニの気持ちは。僕だって同じだけ辛いんだ。僕だって彼女を想っていた。女型の巨人の正体がアニだと確信した時は悲しみに打ちひしがれた。もう二度と人を好きになれないとすら思った。
ふらふらとよろめきながら、両手で顔を覆うアルミンを、ベルトルトは冷めた目で見つめ、地を這うような低い声で呟く。
「この、悪魔の末裔が……!!」
コ ロ シ テ ヤ ル 。
寒気がするような殺気を放ち、ベルトルトは踵を返す。
離れていく彼を追いかける気力もなく、アルミンはその場に膝をついて項垂れた。崩れ落ちたアルミンを見て、エレンや104期の面々が一斉に駆け寄っていく。
スヴェン班の任務はエレンを守ることだったが、シャオの目は立体機動で離れていくベルトルトを追っていた。あの方角だと、彼はライナーを助けに行ったようだ。
「ベルトルトが鎧の方へ向かってます!」
「なんだぁ、追っかける気か!?」
「アルミンと会話した後の様子がおかしかった…!ハンジさん達が危険です!」
「!おいっ!?……クソッ!!ガキ共、イェーガーを頼むぞ!!」
俺達はちょっくら加勢してくる、とスヴェンは言い残し、先に飛び出して行ったシャオを慌てて追いかける。
戦場において、感情の赴くままに飛び出して行くことは、自分の命を蔑ろにしているようなものだ。兵士長にチクってやる、と舌打ちをし、彼女の小さな背を最高速度で追いかける。
スヴェンはシャオにあっという間に追い付いた。
リーチの差もあるし、身体能力は彼女の倍以上だと自負している。
その細い手首を掴み、取り合えず冷静になれと声を掛けようとした時。
空高く垂直に飛び上がっていくベルトルトの姿が目に入り、スヴェンは目を見開いた。
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