( 1/5)


ウォール・ローゼ内のとある牧場にて。


今日もまた一日が終わっていくのを告げる夕陽を背に、一人の少女が声を張り上げて子供たちを追いかけていく。


少女はこの壁の中の女王。


つい最近まで調査兵団の兵士として、剣を握り締めて戦っていた少女。


エレンは柵に背を預け、ぼんやりと小柄な少女の姿を眺めている。


礼拝堂地下での出来事は、今は自分と彼女…ヒストリアしか知らない。あの場にいたロッド・レイスと切り裂きケニーも死んでしまった。あの時あの場所で、どんな会話が繰り広げられたのか、どんな感情のぶつけ合いがあったのかを知るのは、そして共感してくれるのは、ヒストリアだけ。




「コラー!待ちなさい!」




自分を見つめるエレンの視線には気付かず、ヒストリアは腕白な子供たちを追いかけ回し、襟首を掴み、叱りつけている。




『うるさいバカ!泣き虫!黙れ!!』




今のヒストリアの表情を見て、あの時情けなくも泣き崩れた自分に対し、大声で怒鳴った彼女を思い出し、エレンはフッと目元を緩める。



訓練兵時代、女神と称された作り物のようなクリスタは苦手だったが、自分の気持ちに正直に生きる今のヒストリアは…。




(…なに考えてんだ俺は)




そこまで思って、エレンは思いを振り払うように首を振る。



ヒストリアが王冠を被ったのは2ヶ月前のこと。今では孤児院の院長の方が板についてきている。実質、この壁を統治しているのは兵団なので、お飾りの王政であることは隠しようがないのだけれど、ヒストリアは巷で“牛飼いの女神様"と呼ばれ親しまれている。

民衆に襲いかかる巨人を葬った英雄が、これだけ慎ましく健気なのだ、民衆からの信頼が厚いのは当然のこと。



…困っている人がいたら何処にいたって助けに行くって言っていた。これがヒストリアのやりたかったことなんだ。




「あーまたサボってる!」




柵に凭れているエレンに気付き、ヒストリアは眉を吊り上げて此方に駆け寄ってくる。エレンは慌てて身体を起こすが、だれている所をばっちり見られてしまってたので時既に遅し。




「ちょ、ちょっと休憩…」




「全部運んでからにしてよ、日が暮れちゃうでしょ!?」



「ハイ…」



自分より大分背の低い同期の女子に叱られしゅんとしながらも、エレンは小麦の袋を重ねて軽々と持ち上げ、孤児院へ向かって歩き出す。線は細いがやはり男だ。
少しもふらつかずに歩くエレンの姿をヒストリアはじっと見つめ、自身も日用品が詰まった木箱を一つ持ち彼の背を追う。




「ねぇ、さっき何見てたの?」




「さっきって?」




「柵に寄り掛かって。私のこと見てたでしょう」




…気付いてたのか。隣に並びしれっと言ってくるヒストリアの声を聞き、エレンはばつが悪そうに遠くの空を眺めた。



「アイツまた怒ってるって思ったんでしょ?」




「…それは、…一瞬思ったけど」




「やっぱり!私だって好きで怒ってる訳じゃないんだから」




唇を尖らせるヒストリアの顔を見下ろすと、彼女もちょうどエレンの方を見上げた所だった。

視線が交わった瞬間、二人の心臓が軋んだ音を立てる。二人とも同じ音を鳴らしたことなんて、当の本人達は知る由もなく。




「…本当に女神様になっちまったな、って…」




「…何それ…」





意中の彼に女神様、と称され、ヒストリアは頬を染める。照れ臭くてそれ以上エレンの顔を見れず、ヒストリアは俯き、慌てて話題を変えた。




「こ、硬質化の実験は上手く行ってるんだってね!」




その話を振られて、エレンの表情が僅かに曇る。




「…あぁ、洞窟を塞げるようになったが…まだ作戦には準備がいる。急がねぇと…また…奴らが来ちまう」



奴ら、というのが嘗ての仲間であるライナーとベルトルトだということは、当然ヒストリアも解っている。彼女の親友のユミルは彼らについていった。最後に、ごめんな、とだけ言い残して。



「…どうしたいの?ライナーとベルトルトともう一度会うことになるとしたら…」



もう仲間ではない二人の名前を口にするだけで、ヒストリアの心もどんよりと濁る。今だって信じられない。あの二人が、ウォール・マリアを壊した巨人の正体だなんて。




「奴らは殺さなきゃ…ならない」




呻くように言うエレンは無表情だったが、心が血を流しているのは痛い程解った。




「…殺さなきゃいけないんだ」




いつかハンジが言っていた。確か超大型巨人と対峙した時か。人類の仇そのものだ、と。

PREVNEXT


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -