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エレンの中にある巨人の力を仮に『始祖の巨人』の力とする。『始祖の巨人』の力はレイス家の血を引く者が持たないと真価を発揮できない。

だからロッド・レイスはヒストリアにエレンを食わせようとした。遂にそれは叶わなかったが。


しかし、レイス家の人間が『始祖の巨人』の力を得ても、『初代王の思想』に支配され、人類は巨人から解放されないという。壁の中の世界こそが真の平和だという思想だ。




「…へぇ、すごく興味ある」




荷馬車に揺られ二人の話を聞きながら、ハンジは笑う。巨人についての新たな情報と、近くに居る人間に興味を示さず何処かを目指し走り続ける新たな巨人。こんな時に、思うように頭と体を動かせないのがもどかしい。



「…まだ、選択肢は残されています」



頬の跡も消え、幾らか顔色が戻ったエレンは、金色の目を伏せて口を開く。



「俺をあの巨人に食わせれば、ロッド・レイスは人間に戻ります。完全な『始祖の巨人』に戻すことはまだ可能なんです」



「……そんな!」



そんなことはさせない、とミカサは声を上げるが、隣を走るリヴァイがそれを遮った。




「人間に戻ったロッド・レイスを拘束し初代王の洗脳を解く。これに成功すりゃ人類が助かる道は見えてくると…そしてお前はそうなる覚悟は出来ていると言いたいんだな?」



「…………はい」




それが人類を救うため、自分に出来る唯一のことなら、喜んでこの身を差し出そう。


決意に満ちたエレンの表情を見て、シャオの表情は陰り、ミカサは焦燥に駆られたのか声を荒げる。




「エレン!そんなこと「選択肢はもうひとつあります!」



よく通る凛とした声が澄み切った夜空に吸い込まれていく。その声の持ち主は、エレンの隣に座っているヒストリアだった。礼拝堂に連れていかれる前の彼女と今の彼女とは、まるで別人のようだ。



「ロッド・レイスを『始祖の巨人』にするやり方には幾つか問題があります。ひとえに洗脳を解くと言っても、それはレイス家が何十年も試みて出来なかったことのようです。また、力を得たロッド・レイスをどう拘束しようと、人類の記憶を改竄されては敵いません」



自分を庇うために考えを必死に主張するヒストリアの顔を、エレンは何故か直視出来ずにいた。目を泳がせるエレンには気付かず、ヒストリアは熱くなりながら、リヴァイを説得するかのように続ける。



「むしろあの破滅的な平和思想の持ち主から『始祖の巨人』を取り上げている今の状態こそが、人類にとって千載一遇の好機なのです」






そう、エレンの父親…グリシャ・イェーガーは、初代王から人類を救おうとした。自由を求め、戦い続けた。


ヒストリアの姉、フリーダ・レイスから『始祖の巨人』を奪い、レイス家の幼子ごと殺害したのも、それだけの選択を課せられたから。



グリシャの過去の行いを知った時、エレンはショックを受けたが、全てが明らかとなった今なら解る。

あの優しい父親が、何の考えもなくそんなことをするわけがない。




「父さん………」




レイス家の力がなくても、きっと人類を救う手立てはある。だからグリシャはエレンに"地下室の鍵"を託したのだ。




「…選択肢は一つしかないだろ」




沈黙を破ったのはジャンだ。壁の穴を塞ぐ目処が漸く立った今、もう一度エレンを信じるしか道はない。頼むぞと、以前もエレンの肩を掴み言ったことかある。あれは壁外調査の前のことだったか。そこでシャオにも初めて会ったのだった。

あの日からそんなに時は経っていない筈なのに、何故か懐かしく思う。もう側にいない仲間が、何人も居るからだろう。

エレンにばかり重責を背負わせてしまい申し訳なく思うが、共に肩を並べて戦うことくらいは出来る。憲兵団に入りたいなんて言っていたあの自分が、誰よりも調査兵団らしくなっちまったと、ジャンは苦笑した。



「……少しはマシになってきたな」



リヴァイはぽつりと呟き、シャオにチラリと目を向ける。



「お前はどう思う?」



流石に隠せない疲労の色を浮かべているが、シャオは馬の手綱を握り締め、静かに答える。




「私もその選択肢に賛成ですが…ヒストリアはそれでいいの?」




「…………」




仮にもロッド・レイスはヒストリアの父親だ。彼にもう用がなければ、あの巨人を壁の中で自由に散歩させてあげるわけにもいかない。あのサイズでは拘束するのも難しいからだ。


即ち、ヒストリアの父親を殺す他なくなる。



最後まで言われずとも、シャオが何を言いたいか理解したヒストリアは、無理矢理に笑顔を作りシャオを見つめた後、今度はエレンに向き直る。


真っ直ぐに見つめられては流石に目は逸らせず、エレンは高鳴る鼓動を感じながらヒストリアを見つめ返した。

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