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「エレン、ごめんなさい」



「……?」



何を言い出すのかと思えば突然謝られ、エレンは首を傾げる。



「私…あの時巨人になって、あなたを殺そうと本気で思ってた」



一度だけ向けられた敵意のある眼差し。エレンも覚えている。恐らく一生忘れることは出来ないだろう。ヒストリアの怒りも当然だ。それだけのことをエレンの父親は仕出かしたのだから。恨まれても文句は言えない。


しかしそれでもヒストリアは、一時的な感情に流されることなく、エレンを助けてくれた。

私は人類の敵だけど、エレンの味方だと言ってくれた。


その時の情景を鮮明に思い出し、エレンの頬は朱色に染まる。



「それも人類のためなんて理由じゃないの。お父さんが間違ってないって…信じたかった。お父さんに嫌われたくなかった…」



カッコ悪いよね、と自嘲するヒストリアに、そんなことねぇよ、と今度は自分が言ってやりたくなったが、エレンは気恥ずかしくて何も言えずに唇を噛む。


…いや、周りに誰もいなかったら、二人きりだったら、もしかしたら言えたかもしれないが。




「でも、もう…お別れしないと」




最後に一言そう言って、ヒストリアは顔を上げる。そして止まることなく四足で走り続ける巨人…父親の変わり果てた姿を眺め、ギュッと拳を握り締めた。



ロッド・レイスがこのまま移動を続ければ、ウォール・シーナ北のオルブド区へぶつかる。今の速度を保てば夜明け時には到達するだろう。その前に手を打たねば、オルブド区は甚大な被害を被る。



「これは不味いな、どうにかしないと…。以前巨人を操ったというエレンの叫びの力で何とかならないかな?」



ゆっくりと上体を起こし、ゴーグルをかけたハンジがそう提案すると、やってみます!とエレンは荷台の上に立ち上がった。急に立ち上がった為くらりとしたが、足を踏ん張って眩暈に耐える。

御者台に座っているマルロが荷馬車をロッド・レイスに近付けたところで、エレンは声を張り上げた。




「オイ止まれ!!てめぇに言ってんだ、聞こえねぇのか馬鹿野郎!!」




今すぐ止まれ、と叫び続けるも、ロッド・レイスにはまるで効果がないようだ。巨人は動きを止めようとはしない。

そう言えばあの時は腕を振り上げたことを思い出し、エレンは必死にその時の格好を再現するが、やはり反応は見られない。



さて、どうするか…とリヴァイが思考を巡らせようとした時、遠くから松明の灯りが複数近付いてくるのを発見する。




「!エルヴィンか?」




咄嗟に口から飛び出した名前は、恐らく自分の願望だったのかも知れない。

こんな時にエルヴィンが居たら、という願望。リヴァイが絶対の信頼を寄せるあの男の存在を求めた。

この状況を目にした時、エルヴィンだったらどうする?どう動く?


調査兵団に入団して苦境に立たされた時、決まってリヴァイが頼るのは団長であるエルヴィン・スミスだった。


そして、そんなリヴァイの願望は現実となる。




「リヴァイ」




片腕の調査兵団団長は、数人の兵士と共に馬で駆けてきた。一通りリヴァイ班の面々に目をやり、人数が減っていないことを確認する。

そして、まずは兵士達に感謝の意を示す。




「…皆、よくやった」



ありがとう、と僅かに微笑む団長を見て、涙脆いサシャは逸早く鼻を啜る。今回は特に、辛い戦いだったはずだ。何しろ相手は巨人ではなく人間、特に年若い少年少女達には荷が重い作戦だった。ハンジやリヴァイ、シャオにも、拷問官や囮役を任せ、手や身体を汚させてしまった。そうでもしないと王政打倒なんて大それたことは、とても為し遂げられなかっただろう。




「…あの巨人は?」



「ロッド・レイスだ」




言葉少なに状況を簡潔に説明するリヴァイに驚き、エルヴィンは彼の顔をまじまじと見下ろす。彼の双眸はじっとエルヴィンを捉えている。


お前の意見を聞かせろ、と語る鋭い眼光を見ただけで、状況が緊迫していることは理解できる。


ーー…あの巨人を倒せば、この作戦は成功する。

そしてヒストリアを女王とした、新しい時代が始まる。


…そうなったら、やりたいことがあるんだ。




いつも淡々と任務をこなすだけのリヴァイが、こんなに勝利に固執している姿を見るのは初めてのことで、エルヴィンは驚く。

そして彼に人間らしさを与えた女性に目を向け、心のなかでもう一度、ありがとうと呟いた。





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