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腕の力を弱めた途端、憲兵の男は木に凭れるようにずるずると俯せで倒れ込む。

アッカーマンという姓に聞き覚えがあったのは、ミカサと同じ姓だからだろう。


確かにケニーは、何も教えない。大事なことは特に。幼い頃もそうだった。ケニーは何も告げることなく突然、リヴァイの前から姿を消した。



「…しかし心当たりくらいはあるだろ?」



自分でも驚く程か細い声が出て、リヴァイはハッとした。何を思い出しているんだ俺は、と苦笑しながら、古い記憶の中のケニーの姿を消すため、首を左右に振る。


リヴァイは右足を憲兵の男の背に乗せ踏みつける。まだそんなに力を込めていないのに、男の体はびくりと跳ねた。



「思い出すまで頑張ろうか。まだ骨は何本もあることだしな」



「ひっ…よせ!!」



恐怖の余り小刻みに震え出す憲兵の男は、背後のリヴァイに顔を向け、泣き声で言う。




「あんたは…まともじゃない」




「………かもな」




俺は異常だ。自覚している。

普通の奴はどんな理由があろうと他人を痛め付けたりしないし、年若い部下に人を殺せなど命じない。愛する者に手を汚させようとしない。愛する者を汚れた手で抱こうとはしない。


憲兵の男の頭を足蹴にしながら、リヴァイが物思いに耽っていた時だった。ガサガサと草木を掻き分ける音がしたかと思うと、その数秒後、「兵長!」と自分を呼ぶ声がした。

いつ聞いても、この声はリヴァイのささくれ立った心を癒してくれる。しかし、今この状況下では最も聞きたくない声でもあった。




「…ここには来るなと言った筈だが」




振り返りもせずリヴァイが地を這うような声で彼女の行動を責める。しかしシャオはそれに全く動じることなく、ハキハキとした声音で続けた。




「ハンジさん達が来ました!」



「…ハンジが?」



その報告に驚いたのか、リヴァイは目を大きくして視線をシャオに向ける。そこには場違いな笑みを浮かべているシャオが居た。




「ハンジさんとマルロとヒッチの三人です!調査兵団の冤罪は晴れ私達は正当防衛、王都も行政区もザックレー総統が仮押さえ中とのことです!」




やりました、とホッとしたように笑うシャオは、報告を受け茫然としているリヴァイに歩み寄る。外だというのに、辺りには血の臭いがした。足元にはボロボロになった憲兵の男。シャオの報告を聞き精神的にも追い詰められたらしく、男からはまるで生気が感じられない。


シャオは近い距離でリヴァイを見上げ、彼の肩に触れる。




「もう大丈夫です。詳しい話を聞きにいきましょう?」




大きな瞳に見上げられ、優しくそう言われれば、リヴァイは大人しく頷く他ない。憲兵の男をいたぶっていた足を下ろすと、早くと急かすシャオの細い腕に引かれるように後をついていく。



「……お嬢ちゃん」



不意に二人を引き止める声がした。地面に顔を付け、まるで呪いをかけるかのように、憲兵の男はシャオに向けて恨み言を吐く。



「……その男は、まともじゃない……関わったら、あんたも………いつか……」




その身を滅ぼすだろう、と。

負惜しみだろうか。
それにしてはタチが悪い。




男の忠告は確かに耳に入ったが、シャオは微塵も表情を崩さず、黙したままだった。








◇◆◇◆◇◆







森の奥から現れた人影を見て、ハンジは嬉々とした表情を浮かべる。




「リヴァーーイ!!無事で何より!!」




ぶんぶんと手を振るハンジとは対照的に、リヴァイはいつもの仏頂面だ。104期兵達はまるで祭の最中のように、年相応の無邪気な笑顔を浮かべている。
アルミンやサシャの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。



「とりあえず、これを見て。その方が口で説明するより早い」



鼻息荒くハンジが差し出してきた新聞を受け取り、リヴァイは顰め面でそれに目を通す。彼の横顔をきらきらとした目で見上げるシャオ。こうして二人が並んでいるのを久しぶりに見たハンジは満足げに微笑む。やはり二人はセットじゃないと。どちらかが欠けていては駄目だ。



「お前ら一体…どんな手を使った?」



リヴァイにしては最上の誉め言葉だったが、ハンジは素直に喜ばず、軽く目を伏せて呟く。




「変えたのは私達じゃないよ。一人一人の選択が…この世界を変えたんだ」




愁いを帯びた目で、ハンジは104期兵達に目をやる。

当初リヴァイやハンジに不信感を抱きつつも、
ついてきてくれた若き兵士達。彼の下で兵士としての役目を全うしたシャオ。調査兵団を信じて手を貸してくれたディモ・リーブス。その遺志を受け継いだフレーゲル。王政に刃向かう事を恐れながらも、真実を記してくれたベルク新聞社の人達。エルヴィンの無茶な提案を快く了承してくれたピクシス。腐った王政を叩き潰すために一肌脱いでくれたザックレー。権力に屈さず自身の正義を信じたナイル。


一人一人の選択が、王政打倒の一因となった。



新聞から目を離し、リヴァイは黙って向かいに立つハンジを見上げる。



「ハンジ…すまない」



ハンジは少し窶れたように見える。肝が据わっている彼女にとっても、今回のクーデターは流石に骨が折れる仕事だった。巨人を相手にしていた今までとは、背負うものがまるで違う。



「お前から預かった3人を…死なせてしまった」



すまない、ともう一度謝られ、ハンジはリヴァイの顔をじっと見下ろした。誰よりも部下を思いやることができるリヴァイの、悲壮感に満ちた表情を目にしえ、ハンジの胸は締め付けられる。




「…でも、仇の鉄炮共はさっき君らで無力化したんだろ?」



「…いや、全部じゃねぇ。その親玉辺りとエレン、ヒストリアはまだ別の場所に居る。早いとこ見つけねぇとこの革命も頓挫しちまう…」





しかし、彼を癒し慰めるのは自分の役目ではないとハンジは理解している。兵士長の仮面をとり、ただの男として生身の感情を晒す相手が彼には存在する。


だから、自分はリヴァイにとって一番の戦友として。しっかりしろと彼の背中を叩き続けるのだ。




「辛気臭い顔しないでよ」




懐から一枚の手紙を取り出し、ハンジは強い眼差しでリヴァイを見つめる。その目は怖いものなどないと言った風に、爛々と輝いていた。




「エレンとヒストリアの居場所だが…心当たりがある。この戦いは、そこで終わりにしよう」






今は怖いものなど何もない。
リヴァイが傍に立っているのだから。





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