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整備されていない山道を暫く進み、辺りが暗くなった頃、リヴァイ班は古びた馬小屋を発見した。今夜は此処で夜を明かそうと、荷馬車を止め、班員達は野営の準備を始める。


御者台から下りたアルミンが突然吐き気を催したので、シャオはアルミンに付きっきりだ。

木陰で寄り添う二人の背中を見つめ、リヴァイは小屋の中に置かれていた木箱の上に座り、コニーと共に馬の世話をしていたサシャに声をかける。




「サシャ、傷の手当てを頼む」



「え!わ、私ですか…?」



「そうだ」



一方的にそう言うとリヴァイは徐に服を脱いだ。そこに現れた彫刻のような肉体を見て、サシャは顔を真っ赤にする。同期の男たちとは比べ物にならない肉体美に、サシャの目は釘付けになった。



「?何ぼさっとしてやがる、早くしろ」



「はっ…はいっ只今!!」



裏返った声と耳まで赤いサシャを見て、コニーは面白くなさそうにチッと舌打ちをした。


ボロボロの厩舎の隅で、ジャンは一人膝を抱えていた。あの時、引き金を引けなかった自分が情けなくて仕方がない。確かに、人殺しなんかしたくない、と言ったが、あそこで殺さなかったら大切な人を失っていた。アルミンがいなかったら、シャオは死んでいたのだから。



どっちが正しい?兵長と、俺と。
迷わず殺せと言う人と、
人殺しなんて御免だと言う自分と。



(わかんねぇ……)



ぎゅっと目を瞑り、ジャンは何度目か解らない溜め息を吐いた。








ーーーーーー
ーーーー
ーー



辺りが闇に包まれた頃、リヴァイ班は小屋の外に火をおこし、皆で焚き火を囲み暖をとった。湯を沸かしお茶を淹れ、野戦糧食だけの簡単な夕食をとる。

ちょうど交代で、サシャが見張りについた。彼女は一番信用できる見張り番だ。



「どうしたアルミン、こんな汚ぇ馬小屋じゃ飯なんぞは食えねぇか?」



じっと炎を眺めたまま、夕飯に手を付けないでいるアルミンに気付き、向かいに座っているリヴァイが声をかけると、アルミンはハッと我に返り顔を上げた。



「…い、いえ…」



曖昧に答え、アルミンはまた俯いてしまう。

今日、初めて人を殺した。シャオを護る為だとはいえ、最悪な気分だ。あの人にもあの人なりの人生があって、今日まで生きてきた筈なんだ。あの人なりの考えが、正義があって、彼処に立っていた。
それなのに、あの人が大切に書き連ねてきた物語に、自分が勝手に終止符を打った。


シャオの命を救ったという正義感より、アルミンの心には後悔しか残らなかった。


影を纏うアルミンを見て居たたまれなくなったジャンは、カップを両手で握り締め、重々しく口を開く。



「…アルミン、すまねぇ「私が!」




続く言葉を遮るように、ジャンとアルミンの間に座っているシャオが声を上げた。険しい表情だ。ぐっと眉間に皺を寄せて。珍しく彼女も地面に胡座をかいており、その上で組まれた手には力が入っている。



「私が、最初から首を狙えば良かったんです…一撃で仕留めていれば…皆の足を引っ張りました。すみません」




荷馬車に追っ手が近付いた時、すぐにブレードを手に立ち上がったシャオは、銃を持っている敵兵の手首を斬り落とした。その瞬間に首を落とすことも出来たのに、シャオは少し躊躇した。その結果、まだ幼い後輩に重責を背負わせてしまった。




「次は、必ず…仕留めます」




リヴァイはカップの中の茶を飲み干し、苦しげにそう言うシャオの顔を見つめた。

コイツにこんなことを言わせるとは、我ながら最低な男だと思った。その隣にいるガキ2人を地獄行きにするようなことをさせたのも。こういう時にすんなり、かけるべき言葉が浮かばないのも。


リヴァイが何て言ってやろうかと考えていると、くしゃくしゃな顔をしたアルミンが、左隣にいるシャオを見て口を開く。



「シャオさんは、優しい人だ…!あの瞬間に、武器を持っている手の方を狙った…」



敵の命を奪わずに済む方法はないか、シャオはあの一瞬で考えたのだ。


なのに僕は、と言った瞬間、アルミンの目から大粒の涙が溢れ出した。




「僕はすぐに頭を狙って…


引き金を…引けたのに。」





「アルミン」



何を言おうかまだ決まった訳ではないのに、リヴァイは無意識で彼の名を呼んだ。

リヴァイの声は静かだが、よく通る声だ。皆の視線を一斉に浴び、居心地の悪さを感じたのか彼は顔を歪める。今にも舌打ちをしそうだがそれはせず、代わりに吐き捨てるように言う。



「お前の手は汚れちまったんだ。以前のお前には戻れねぇよ」



「!なぜそんなことを…!」



リヴァイが口にした一言はミカサの逆鱗に触れたらしい。反射的に立ち上がるミカサを、隣に居たコニーが制する。

アルミンは口を開け、ぼんやりとしていた。

辺りは不穏な空気に包まれるが、それに構わずにリヴァイは続ける。



「新しい自分を受け入れろ。もし今もお前の手が綺麗なまんまだったらな…」



眉を下げ、泣くのを我慢しているシャオに一度目をやり、リヴァイはアルミンを真正面から見据えて言う。




「今ここにシャオは居ないだろ」




そのたった一言で、場の空気が変わった。



アルミンの顔には生気が戻り、ミカサの拳も下げられる。ジャンとコニーが抱いていたリヴァイへの不信感さえも和らいだような気さえした。

そしてシャオの目は、久しぶりにきらきらと輝き、リヴァイだけを映していた。



「お前が引き金をすぐに引けたのは、コイツが殺されそうになっていたからだ。お前は聡い…あの状況じゃ半端なことは出来ないとよくわかっていた。あそこで物資や馬、仲間を失えば…その先に希望は無いのだと理解していた」



あの時、ミカサと共に立体起動で空中で応戦していたが、シャオの上に跨がる敵兵が目に入り、リヴァイは呼吸を忘れた。



ーー…シャオが死んでしまう。



そう確信した数秒間は、今までの人生で一等恐ろしかった。やっと見つけた生きていく意味を。まだ何も成し遂げていない、こんな中途半端なところで失うのかと、背筋が凍った。


そんな危機的状況を、間一髪で、アルミンが救ってくれたのだ。

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