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かつては巨人の位置を知らせてくれたその声で。



「兵長!来ました!右前方より複数!」




その声を聞くや否や、リヴァイの体は宙を舞った。銃弾をブレードで弾き飛ばし何人か仕留めるが敵の数が多く、荷馬車の前に一人回り込まれてしまう。

御者台にて手綱を握る無防備なアルミンの前に、正面から敵が向かってくる。



(う、撃たねぇと…!!)



ジャンはそう思ったが、どうしても引き金を引くことが出来ない。みるみるうちに敵との距離は縮まり、敵の銃口はアルミンに向けられた。



ーー…その腕を弾いたのはシャオだった。



敵の接近を確認し即座に立ち上がり、アルミンの横に立つと、シャオは躊躇わずブレードで敵の右手首を斬った。



「ぐう……!!」



「!」



一度痛みに顔を歪めたが、敵は左手にも得物を持っている。次は左、とブレードを振り上げるが、その瞬間思いきり体当たりをされ、シャオの軽い身体は簡単に荷台に叩き付けられる。


ダン、と背中を強く打ち身悶えるシャオに、馬乗りになり照準を合わせる敵を目の前にして、ジャンは覚悟を決める。



「こ、この野郎、動くな!」



銃口を向けてそう叫んだものの、ジャンは金縛りにあったかのように動けなかった。



俺が撃たないと、シャオさんが撃たれる。
頭では解っているのに。





「ジャン!!」




名を呼ばれてハッとしたのと、一つの銃声が辺りに轟いたのは、同時のことだった。





ーー…鼓膜をつんざくような今の音は、
誰かが命を失った音。



そして、死んだのは恐らく…。




喧騒の中、ジャンの耳には自身の心臓の音だけが響く。恐る恐る視線を下に向けると、そこには…シャオの上に覆い被さるようにして、敵の憲兵が頭から血を流して倒れている。



「、なっ…!?」



敵兵は蟀谷に銃弾を一発食らっており、即死だった。シャオは未だ眉を寄せ、苦しげに噎せている。死んだのはシャオではなかった。それは良かった。死んだのは敵兵。でも、誰だ?誰がやった?

誰が殺した?

荒い呼吸を繰り返すジャンの耳に、漸く外からの声が届く。




「街を抜けるまであと少しだ!!」




荷馬車を猛スピードで走らせる彼は、もう前を向いている。




……そうだ。


アルミンが、やったんだ。



虫も殺せないような顔をして。
女に間違えられるような顔をして。

彼は人間に向かって引き金を引いた。
一切の迷いもなく。


シャオを助けるために。




その現実に打ちのめされていると、追っ手を一掃したリヴァイが荷台に降りてくる。そしてシャオを押し潰す死体を除けると、苦しげな彼女の上半身を起こした。



「吐くか?」



短く問うとシャオは僅かに頷く。

リヴァイは彼女を軽々と持ち上げると、荷台の端へと運んだ。そしてシャオが手摺を握り締めて咳き込み始めると、隣に寄り添い背中を擦る。潔癖性のリヴァイだが、シャオの吐瀉物を見ても顔色一つ変えない。

落ち着いた頃、徐にローブの端を破り、それで口元を拭ってやる。彼女は生理的な涙を流していた。濡れた瞳がリヴァイを見上げている。

ただ、それは女としての目ではなく、あくまでもリヴァイの部下としての目だった。シャオは、ご迷惑をかけてすみません、もう大丈夫です、と言っているように見えた。シャオはリヴァイの言いつけを忠実に守り、部下として接してきた。ほんの少しの甘えも見せず、兵士として作戦に臨む姿勢は高く評価できる。


ただ、本当に心を殺せているのかどうかはわからない。誰も見ていないところで泣いているかもしれない。


それを思うと胸が軋み、リヴァイはすぐにでもシャオを慰めてやりたかった。細い体を抱き締め、もう大丈夫だ安心しろ、と優しく声をかけてやりたい。
しかしクーデターが成功するまでは、ほんの少しの気の緩みさえ命取りになる。常に緊張感を纏っていないと途端敵に隙を突かれてしまう。



何せ、今回敵とする中央憲兵にはアイツが居る。

ーー…ケニー・アッカーマンが。


彼は"切り裂きケニー"と恐れられた大量殺人鬼であり、そして幼い頃のリヴァイを育てた男だ。




(よりによって…なぜヤツが憲兵に…?)





…荷馬車は街を出た後、人気のない森の中を進んだ。




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