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面と向かって礼を言うのは慣れてはいないし何だか照れ臭くて、リヴァイは目を伏せる。
「アルミン。お前が手を汚してくれたおかげで、妻は…助かった…俺達もな。ありがとう」
「………」
顔が熱くなったのは、目の前で燃える焚き火のせいではないだろう。ポロリと頬を伝う涙を、シャオは拭いもせず、じっとリヴァイを見つめていた。
今、すぐ隣に居るわけでもないのに、リヴァイとシャオの心はぴったりとくっついているように感じた。これまでの寂しさを埋めてくれるような一言だった。
感極まって泣いているシャオを一瞥して、ジャンは姿勢を正し、体ごとリヴァイに向ける。
「リヴァイ兵長」
固い声に視線をやると、ジャンは真っ直ぐにリヴァイを捉えていた。班員の中で自分に対し一番反抗心を持っていたのはこいつだと気付いていたので、ちゃんと話を聞いてやろうとリヴァイも体を向ける。二人とも悪人面だが、視線はリヴァイの方が鋭利だ。
「俺は、あなたのやり方は間違っていると…思ってました」
同じ思いを抱えていたコニーも、彼の勇気ある発言を聞き、目を閉じる。見張り中のサシャもだ。
…人類を救うためにこの身を捧げたんだ、暴力組織に入ったつもりはない、と、俺は…俺達は、
綺麗事を言っていただけだ。
「間違っていたのは自分でした」
自らの過ちを痛感して、ジャンの視界が歪む。
兵長とシャオさんは釣り合わないなんて、よく偉そうに言えたもんだ。綺麗事ばかり並べて、優しいふりをして、よくシャオさんに告白出来たもんだ。俺は何も出来なかった。彼女を護ることさえも。
ーーー…誰よりも仲間を思って…彼女を想って闘っているのは、他でもない、リヴァイ兵長だったんだ。
それに気付くのが遅かった。悔しくて、ジャンは人目も憚らずにその場で泣いた。声を上げて泣いた。それはまだ15歳の少年の、ありのままの感情だった。
「次は、必ず、撃ちます」
しゃくり上げながらそう言うジャンをいつも無表情で眺め、リヴァイは呟く。
「あぁ…お前がぬるかったせいで俺達は危ない目に遭ったな」
「申しわけ、っ、ありませっ、」
「ただしそれはあの時あの場所においての話」
「…っ?」
右腕で涙を拭いながら、ジャンは赤くなった目でリヴァイを見つめる。彼の三白眼は、ジャンの瞳を射抜いている。鼻水を垂らした不様な泣き顔を、馬鹿にしたりも嗤ったりも、呆れたりもせず、ジャンに言い聞かせるように彼は口を開く。
「何が本当に正しいかなんて俺は言ってない。そんなことはわからないからな…。
お前は本当に間違っていたのか?」
「…え?」
…確かにあの現場では、アルミンのとった行動が、結果的にシャオの、そして仲間の命を救った。
しかし、そうではない状況だったらどうだろう。
手を汚したくなかったというジャンの行動は、間違いなのだろうか?人を殺すために調査兵団に入った訳ではないと言うジャンの発言は、本当に間違っているのだろうか?
まだ幼い部下達に、迷わず殺せと言うリヴァイの指示は、本当に正しかったのだろうか?
正解なんて誰にも解らない。
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