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それでも、これ以上は黙って見てられないと、ジャンはリヴァイに反発する。



「こんなことしなくても!」



ゼェゼェという呼吸が耳に入り、ジャンの眉間の皺が一層深まる。自分は剥き出しの感情をぶつけているのに、向かい合う相手の表情が変わる気配は一向にない。それが余計にジャンの神経を逆撫でしてくる。


ぎりり、と音がする程歯を食い縛ると、不意にリヴァイは口を開いた。



「お前は明日何をしてると思う?」



「はぁ!?」



「明日も飯を食ってると思うか?明日もベッドで十分な睡眠を取れると思っているか?」



血が上った頭では質問の意図が解らず、ジャンは言葉に詰まる。しかし次に放たれた一言で、頭から水をかけられたような気分に陥った。




「隣にいる奴が…明日も隣にいると思うか?」




彼が言う"隣にいる奴"とはエルヴィンやハンジ、リヴァイ班、調査兵団の兵士達のことを指しているのだろうが、この時ジャンは当たり前のように、シャオ個人のことを言っているのだろうと思った。そしてそう思った瞬間、反論の言葉を失う。




「俺はそうは思わない。そして普通の奴は毎日そんなことを考えないだろうな…つまり俺は普通じゃない、異常な奴だ。異常なものをあまりに多く見すぎちまったせいだと思ってる」





数えきれない部下の遺体、巨人に食いちぎられた体の一部、さっきまで笑っていた人間の、色を失った死に顔。

誰かと出会っては、二度と会えない別ればかりを繰り返してきた。



「だが明日…ウォール・ローゼが突破され、異常事態に陥った場合、俺は誰よりも迅速に対応し…戦える。明日からまたあの地獄が始まってもだ」



5年前…超大型巨人の襲来によりシガンシナが陥落し、人類がウォール・マリアを放棄した日。誰もがこの世の終わりだと嘆いたあの日。あの日々が再び訪れる。それが明日からじゃない根拠は何処にもない。



「しかしだ。こんな毎日を早いとこ何とかしてぇのに…それを邪魔してくる奴がいる」




それは壁の外の敵だけではない。壁の中の一番安全な場所で、自分達の足を引っ張る敵がいる。




「俺はそんな奴らを皆殺しにする異常者の役を買って出ていい。俺なら巨人に食われる地獄より人を殺し合う地獄を選ぶ…少なくとも、人類全員が参加する必要はないからな」



だがそれさえも、と話を続ける時に、リヴァイはちらりとヒストリアの隣に膝をついているシャオに目を向けた。ジャンはそれに気付く。



「俺達がこの世界の実権を握ることがもしできたのなら…死ぬ予定だった奴がだいぶ…死ななくて済むらしい…すべてお前次第だヒストリア」



従うか、戦うか。
どっちでもいいから選べ。



問いながらリヴァイはジャンの横を通り過ぎ、ヒストリアに寄り添うシャオを無理矢理引き剥がすと、ヒストリアの頭を鷲掴み叫んだ。




「時間がねぇから今すぐ決めろ!!」




「やります!!」




恐怖に震えながら、悲鳴を上げるようにヒストリアは答えた。ガタガタと震える小さい背が痛々しい。リヴァイの力で押し退けられその場に尻餅をついたシャオも、萎縮してしまっている。腰を抜かしたらしく、動けないようだ。




「私の…次の役は女王ですね…?やります任せてください…」



震える声で独り呟くヒストリアをリヴァイは見下ろし「…よし」と頷くと、彼女に手を差し伸べる。



「立て」



軽く引っ張れば簡単にその体は起き上がる。




「頼んだぞ、ヒストリア」



「…はい」




青ざめて返事をするヒストリアを見届けた後、次はシャオに手を伸ばそうと振り返ると、彼女は既に立ち上がっていた。差し出されたジャンの手をとって。その光景を見たリヴァイの目は見開かれる。



「大丈夫か?」



「へ、平気…」




そんな二人のやり取りが聞こえ、リヴァイの虫の居所は更に悪くなったが、特に何も言わずに踵を返し、腕を組んで壁に寄り掛かる。104期生達の視線はリヴァイに向けられていた。だが、誰一人として何も言おうとはしない。



「ニファ、話を進めてくれ」



「はい」




ニファは冷静に、エルヴィンからの作戦命令の説明を始める。


作戦は、リーブス商会から第一憲兵へのエレンとヒストリアの引き渡しの日とされている本日に決行される。第一憲兵は、エレンとヒストリアの移動ルートから停留施設の選定まで、リーブス商会に託してきている。これを利用しない手はない。調査兵団はエレンとヒストリアをこのまま第一憲兵に引き渡す。そしてリーブス商会を通じてその終着点まで尾行する。


…その終着点とは彼を意味する。


ロッド・レイス。


ヒストリアの実父にして、
この壁の中の実質的最高指導者。


彼の身柄を調査兵団が確保することにより、漸く対話が実現する。なぜ人間同士で争う必要があるのか。巨人により同じ脅威に晒される者達同士がなぜ一丸となって助け合えないのか。


そして勝ち取るべき目標とは、現体制の変換に他ならない。民衆の前で仮初めの王から真の女王に王冠を譲ってもらう。これまでの体制は嘘であると民衆の前で認めさせ、そこに新たな光を見せなければならない。


そうして調査兵団の協力体制が整えば、漸くーー…



ウォール・マリアにぽっかり空いた穴を『塞ごうとする』ことが出来るようになる。


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