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「どんな夢を見たの?」
「それが、ただの夢じゃない気がして……前にベルトルトとユミルがしてた会話を思い出した……っていうか」
ハンジと同様にシャオも知識人であるから、彼女にも伝えておこうとエレンが口を開いた時、後ろに立つ馬面が目に入り、エレンは一気に機嫌を急降下させる。
「…お前そこで何してんだよ」
「…朝メシ作んの手伝ってたんだよ。悪ぃか」
「嘘つけ下心見え見えなんだよ!朝っぱらから盛りやがってこの馬野郎!!」
「あぁ!?こっちはお前が怖い夢見たって騒いだおかげで目ェ覚めちまったんだよ!ガキはミカサに子守唄でも歌ってもらえ!!」
朝一でギャーギャー取っ組み合いの喧嘩を始める二人をシャオは止めようとせず、ぼんやりと考えていた。
ベルトルトとユミルの会話?
その二人は104期生で、巨人化能力を持っている人間だ。ハンジがあれだけ取り乱したのを見ると、巨人化について何か新しいことが解ったのかもしれない。
……昨夜エレンの脳裏に甦ったのは、巨大樹の森にて意識を失う直前に聞いた二人の会話だった。
『私を恨んでいるか?』
『どうだろう…よく…わからない。君も人なんか食べたくなかっただろうし、一体どれだけ壁の外を彷徨っていたんだ?』
『60年ぐらいだ。もうずっと…終わらない悪夢を見てるようだったよ…』
◇◆◇◆◇◆
エルヴィンからの伝言が届いたのは、朝食の席を終えた頃だった。夜通しの伝達を担ったニファを労い、リヴァイは居間に班員を集め、リーブス商会のディモと彼の息子のフレーゲルを呼んだ。ハンジの姿がないことに舌打ちをしながらも、リヴァイはエルヴィンからの伝言を話すように促す。
見慣れない輩二人に顔を強張らせながらも、ニファは早速エルヴィンからの伝言を話し始める。
「…では、ヒストリアをどうやって女王に即位させるかの件に関してですが…」
当然のような語り口だったが、その内容を聞いてリヴァイ班の面々は皆一様に口をポカンと開ける。
「…え?」
「…女王?」
「…………?」
まるで、初めて聞いた、とでもいうような反応をされ、伝達役を任されているニファも戸惑う。ニファは疑問符を浮かべながらリヴァイに目を向けると、彼は無表情で淡々と答えた。
「……俺の班には…言い忘れてたが。現在のフリッツ王家は本物の王家の代理みたいなもんで、その本物の王家はレイス家だ」
エルヴィンが予測は立てていたものの、それが確信に変わったのは昨晩のことだ。サネスが吐いてくれたおかげで、漸く次の行動へ移れる。
渦中の人であるヒストリアは、突然告げられた真実に動揺を隠せない。この壁の中の、真実の王が自分だと言われても、はいそうですかと簡単に受け入れられる訳がない。彼女の周りを取り囲む面々もそうだ。3年間を共に過ごした同期なら尚更。確かにヒストリアはその慈悲深さから女神のようではあったが、それ以外は至って普通の少女だった。
皆が言葉を失うなか、アルミンが手を挙げて口を開く。
「ヒストリアを女王に即位させると聞こえましたが…それがこの革命の主目的ということでしょうか?」
その通りだとリヴァイは頷く。
「ヒストリア、感想を言え」
突き刺すような視線を向けられると、ヒストリアはただでさえ困惑しているのに、余計に頭が真っ白になる。
「………あ、私には……無理です。
できません………」
そう一言振り絞るのが精一杯で、ヒストリアはリヴァイの視線から逃れるように俯いてしまった。
しかし、重大な責任を負わされ縮こまる少女を、リヴァイは更に追い詰める。威圧感はそのままに近付くと、ヒストリアの身体は恐怖で震え出した。
「だろうな…突然この世の人類の中の最高権力者になれと言われ、はいいいですよと即答出来るような神経してる奴は…そんなに多くはないだろうな…」
「………っ、」
目の前まで距離を縮められ、ヒストリアは顔を上げざるを得ない。目線の先の鋭いリヴァイの双眸からは感情の色が読みとれず、ヒストリアは息を呑んだ。
「だが……そんなことはどうでもいい。やれ」
「………!」
有無を云わせぬ物言いに愕然とした。
この人には私の意思など、あってないようなものらしい。エレンがヒストリアという本当の自分を肯定してくれたばかりなのに、自分はまた誰かの言いなりにならないといけないのか。それは嫌だ、とヒストリアの心が久しぶりに叫ぶ。
「私にはとても務まりません」
リヴァイに臆することなく、自分の意思のままハッキリと拒めば、彼の目は一度伏せられた。
「わかった」
すんなりとそう答えたので虚を突かれていると、次の瞬間容赦なく襟首を掴まれる。
「じゃあ逃げろ」
ヒストリアの軽い体は簡単に宙に浮く。首が締まり息苦しさに呻き声を上げても、リヴァイは手を離そうとはしない。
「俺達から全力で逃げろ。俺達も全力でお前を捕まえてあらゆる手段を使ってお前を従わせる」
「リヴァイ兵長!?」
「兵長…何を!?」
サシャやコニーがおろおろとする中、ジャンはその手に掴みかかる。
頭が沸騰しそうだ…今朝の鍋みてぇに。
「放して下さい!」
ジャンが怒鳴ると、その瞬間リヴァイはパッと手を離す。ヒストリアはどさりと床に落ち、苦しげに咳き込んだ。すぐにシャオが駆け寄り、ヒストリアの背中を撫でる。その様を無言で見下ろしながら、リヴァイはなおも続けた。
「それが嫌なら戦え。俺を倒してみろ」
…ヒストリアに、倒せる訳がないじゃないか。
相手は人類最強だ。
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