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調査兵団トロスト区支部。


最高速度でやって来たハンジを部屋に通し、エルヴィンは彼女が書いたメモに目を通す。
そこにはエレンが思い出した『ベルトルトとユミルの会話』が書かれていた。エレン曰く、ただの夢だったかもしれないから真に受けないで欲しいとのことだったが、とてもそうは思えない内容だった。



「…その会話から推測するに、ユミルはベルトルトやライナー、アニの仲間を食べたんだと思う」



グラスに注がれた水を飲んだ後、黙り込んでいるエルヴィンにハンジは補足する。



「そりゃ我々も巨人が人を食べるところは嫌という程見てたからね…巨人が人を食べて人に戻らないことは知ってる」



…しかし、ライナー達の仲間であれば。

巨人が"巨人化能力を持つ人間"を食べたとしたら?



「つまり"巨人にされた人間"が"巨人化の能力を有した人間"を食べると人間に戻る。正確には食った相手の"巨人化をコントロールする力"を手に入れるんだ」



つまり、結論から言うと。





「レイスは、エレンを食う気だ」




そこまで言って、ハンジは深く息を吐いた。重要な情報をエルヴィンに伝えることが出来て安堵したのだろう。椅子に凭れる彼女を見て、エルヴィンは思考を巡らせる。



ハンジが今話した事が本当であれば、エレンは全ての巨人を操る『叫びの力』を持つ、交換可能な器に過ぎない。

王政が叫びの力を利用したいのなら、あの反抗期の化身のようなエレンにその能力を入れておく筈がない。もっと都合の良い人間にその能力を移す筈だ。つまり巨人の何たるかを知っていそうな王政が、もし本当に巨人を持っていれば…エレンはそいつに食われるだろう。



ハンジが馬を飛ばしてきた理由が大体把握でき、エルヴィンは何かを考ながら立ち上がる。そして一枚の封筒を取り出すと、椅子の上で弛緩しているハンジにそれを差し出した。



「…なにこれ?」



疲労を隠せず間抜けな声を出すハンジに、エルヴィンは「昨日届いたレイス卿領地潜入班の報告書だ」と答える。


姿勢を正したハンジが封筒の中身に目を通そうとした時、ノックも無しに一人の兵士が部屋に飛び込んできた。




「エルヴィン団長!中央第一憲兵が団長に出頭を命じてます!!組織殺人の容疑だと騒いでます…それも街の真ん中で…」




「……殺…人…?」




今度は誰だ?

誰が死んだ?

いや、誰が殺された?



そう思うと同時にニック司祭の凄惨な死体が脳裏を過り、ハンジは吐き気を催した。口元を抑えるハンジの肩を叩き、「ハンジ、ここから離れろ」と手短に指示すると、エルヴィン自身は団服の上着を羽織った。それを見たハンジは焦ったのか、椅子を倒して立ち上がる。



「どうするつもりなの!?リヴァイ班は!?」



「リヴァイが判断する。お前もだハンジ、自分の判断に従って動け」



エルヴィンは二人の戦闘能力だけではなく、頭の回転の速さも買っている。自分が指示を出せない状況下でも、自らの判断で臨機応変に対応してくれることを信じていた。



ーーーそして、何より。





「次の調査兵団団長はハンジ・ゾエ。お前だ」






最後に放ったエルヴィンの一言は、ハンジの頭の中に昔の記憶を呼び起こした。



あれはリヴァイが調査兵団に入団して1年が経った頃。前団長のキース・シャーディスから指名され、エルヴィンは団長に就任してまだ間もない頃だった。ただでさえ忙しいこの時期に、リヴァイがとんでもないことを仕出かしてしまう。それは、調査兵団に多額の資金を援助してくれていた貴族の娘との姦通だ。

まさかこんな問題が起こってしまうとは流石のエルヴィンも予測できなかったようで、ハンジはこの日初めてエルヴィンの困り顔を見たような気がする。

息抜きに酒でも飲もうよ、と誘ってみれば、普段は断るエルヴィンも珍しく了承し、二人はあまり流行っていない隠れ家のような酒場へと向かった。

グラスを合わせ、話題は専らリヴァイの不祥事に関してだ。リヴァイは潔癖性のくせに女にはだらしない、とハンジが面白おかしく言うと、エルヴィンは肩を震わせて笑った。



『やっぱり下半身も人類最強なのかな?一回去勢手術して調べてみたいね』



目を爛々と輝かせ冗談を言えば、彼にはそれが冗談に聞こえなかったようで、口元をひくつかせていた。嘘に決まってるのに可笑しいな。



『なんで皆リヴァイに行くかなー?エルヴィンの方がモテそうなのに』



エルヴィンの浮いた話を全く聞かないので、ハンジは素直に疑問をぶつける。綺麗な碧眼に整った顔立ち、長身、紳士的で調査兵団団長という肩書き…女が惚れる要素をこれ程兼ね揃えているのに、何故か女は皆リヴァイに行く。不思議だなぁと首を傾げるハンジに、エルヴィンはふざけて『そうか、ハンジはリヴァイより俺を選ぶんだな』と言って笑った。



『…そんなの畏れ多くて、どちらも選べないけどさぁ…やっぱり、団長だから?』



いつ死ぬか解らないような身で、女を愛するのは罪だと?

ハンジが問えば、エルヴィンは苦笑する。




『それも一理あるが…結局のところ俺は、女より巨人を選んだということさ』




『…あー、それは解んなくないね。たぶん私もその口』



『だろう?お前とは似たものを感じる』




澄ました顔で強い酒を飲み、僅かに口角を上げるエルヴィンにそう言われてしまえば、ハンジはぐうの音も出ない。自分という不可思議な存在をあっさり見抜かれたような気がして悔しくなり『じゃあリヴァイは?』と問い質せば、エルヴィンはさも愉しそうに笑った。



『なんだ、結局お前もリヴァイじゃないか』



『…違うってば』



『リヴァイは女を選ぶだろうな』



余りにもさらっと答えられたので、驚いたハンジは目を見開く。あの、誰にも本気にならなそうなリヴァイが?



『…何で?』



『根拠はない。勘だ』



『…うわー、それが一番説得力ある〜』



グラスの氷を掻き回しながらぼんやりと呟けば、伝えてみたらどうだ、と何の脈絡もなく言われたので、ハンジは固まる。


伝えるって、何を?


視線だけで問えば、エルヴィンはただ微笑んだ。









ーー…そんな若かりし頃を思い出し、やはりエルヴィンの勘は当たるのだと思い知った。


リヴァイは女を選び、ちっぽけな想いを告げることなく巨人を選んだハンジは、エルヴィンの後任に就く。



…次の団長は私、だってさ。




それはまるでさよならを言われているみたいで、ハンジの胸は傷んだ。








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