酒は飲んでも呑まれるな

「それでは、シーラとの出会いに乾杯」

殿下の音頭により、ささやかな宴が始まった。数日前、私があちらの世界ではもうすぐ誕生日だと漏らしたところ、みんなが私には秘密裏に計画を始め、宴会を開催してくれたのだ。突然のサプライズにびっくりしたが、彼らの暖かな気持ちが伝わってきて、本当に嬉しい。しかもプレゼントまで用意されていた。青い天然石のネックレスだ。殿下がエラムに教わりながら手作りしてくださったらしく、慣れない作業に悪戦苦闘する姿を想像しただけで微笑ましい。こんなに盛大な誕生日祝いなんて、子供の時以来だろう。この際いよいよ自分が四捨五入で三十郎という、ややショッキングな事実は気にしないことにする。

「ねえ、シーラ。この料理あたしが作ったんだよ! 貝は入ってないから、食べてみてよ」
「なっ、抜け駆けはするなと言ったのは誰だよ! シーラ様、こちらの方が、お口に合うのではないかと思うんですけど」
「邪魔するなって言ったのよ。あんたは黙っときなさいよ!」
「そっちが黙れよ!」

いきなり料理を持った二人に囲まれやや閉口する。ナルサスはいつもこれを相手にしているのか、大変だな。でもどっちの料理も美味しそう。どちらを先に食べても悪いしな、どうしようかとうんうん悩んでいたところ、ナルサスがエラムを呼んだ。視線に気づいた彼が軽く手を挙げる。私が悩んでいるのを見て助けてくれたみたいだ。ありがとう。

私が彼らから解放されたころ、見計らったように酒瓶を持ったギーヴが隣に座った。

「シーラ殿は酒はいける口か?」
「いけるいける。特別強いってわけではないけど大丈夫」

先程まで殿下達と同じ普通の飲み物を飲んでいた私だが、酒を飲むのはこっちに来て初めてだとややテンションが上がる。注がれるお酒は透き通って、綺麗な色をしていた。

「それでは、俺とシーラの出会いにもう一度乾杯を」

といいながら酒を煽るギーヴに、軽いなあと思いつつ、私も一口目を口に含んだ。少し度数が高いようだ、まあ飲みすぎない程度に気を付けておけばいいか。

「美味しいね、このお酒。いかんますます食が進んでしまう」

実はこちらに来てから太ってしまったのだ。毎日動かずだらけていたため当然といえばそうなのだが、これは由々しき事態である。

「そうか? 女性は多少肉をつけてもいいと思うが」

悩みとして打ち明けたところ、なんとも適当な返事が戻ってきて、これだからイケメンは、というか男は、とげんなりする。とりあえず一発ガツンと言ってやろう、と私は手元の酒を一気に喉まで流しこんだ。

「女性の脂肪が全部胸に行くと思ったら大間違いですよ! 向こうにいたころはジョギング……もとい運動をしてたからよかったものの、ちょっと休んだらこれですからね。油断してたらあっという間に大変なことに」

次々と捲し立てる私にギーヴは圧倒されていた
が、世の中の男性は女性への理解がなさすぎる。語りながら頭がふわふわしてくるのを感じた。でもまだ一杯目だし、まあいいか。



***



「ちょっとギーヴ、私の話ちゃんと聞いてるの〜?」

ぐだぐだ言いながら先程から俺にもたれ掛かっているのはシーラであった。本人が大丈夫と言ったので酒を飲ませたはいいが、まさかここまで絡み酒とは。最近太ったと熱く語っていた彼女だが、勢いよく酒を流し込んだらしくまだ数杯目だというのにすっかりできあがっている。何より俺の動揺を誘っていたのは、先程から腕に、ないないと言い張っていた柔らかな膨らみが、つまり胸が当たっていたことである。
少し早いが彼女を部屋に連れていくべきであろうか。そう考えて辺りを見回したところ、向かい側のナルサス卿と目が合う。いつも余裕綽々な彼には珍しく、面白くなさそうな顔をしている。その様子を見て、もう少しこのままでいてやろうと考えを改めた。思えばこの状況、実に役得。

「今宵のシーラは実に大胆であるな。やっと俺の魅力に気づいたか? なんならこれから二人で抜け出そうではないか」

見せつけるように肩を抱くが、彼女にはいつかのような抵抗はない。しかし、頬を上気させぼんやりした様子の彼女からは噛み合わない答えが返ってくる。

「はあ? 何言ってるんですか、元々は嫌がる私をギーヴが無理やり……」

斜め上、というか誤解を生みそうな言い方に勢いよくダリューン卿が吹き出す。

「くっ……ごほっ! おいギーヴ、まさかお前」

怒りと困惑に満ちた表情で何かを言いかけた彼にふらつきながらシーラが駆け寄った。「ギーヴったら本当意地悪なんですよ〜」と伸びる語尾は間が抜けている。どうやら男性が苦手なのに気づいていながらも、わざと接触していたことを挙げているらしい。

「もうほとんど怖くないんですからね! 見てろよ!」

ビシッと威勢よく指を指されたたと思ったら、次の瞬間シーラは隣のダリューン卿に、ピタリと抱き付いていた。

「どうですかこの成長! 以前の私なら考えられないでしょう」

ふふんと満足気なシーラには、抱きつかれているダリューン卿が見えてないようだ。彼は顔を紅潮させて微動だにしない。御愁傷様です。

「いつまでくっついてるつもりかこのムッツリが」

割って入るように現れたナルサス卿に、二人が引き剥がされる。そのままダリューン卿は無言で顔を覆ったが、シーラは気に入らないのか眉をひそめた。ムッとした様子でナルサス卿の襟首を掴む。

「ナルサス卿こそ、この間の晩のこと忘れたとは言わせませんからね。私の純情を弄んだ罪は重いですよ」

互いの顔が触れそうな程の至近距離で、先程より衝撃的な言葉を言い放つと共にシーラが彼の頬に接吻を……って、え!?
ちょうどその時、騒がしいこちらに気づいたアルフリードが大声で叫んだのと、事態を収拾させようとやって来たエラムが第二の被害者になったのはまた別の話。









おまけ

「殿下……相談が」
「なんだ? 私に出来ることならなんでも言ってくれ」

いつもは表情豊かだが、今日は珍しく浮かない表情のシーラにこれは深刻そうだとゴクリと生唾を飲む。
私の返事に、彼女は目を伏せたまま悲しそうに話し始めた。

「最近エラムに避けられているんですが心当たりがないんです。謝るにしろ何が原因なのか見当もつかないし……こういった場合、私はどうすればいいんでしょうか」
「あ、ああ。うむ、そうか………………」

彼女は全く見当が付かないと言ったが、私には一つ心当たりがあった。というか、それしかないと思う。
言わずもがな、先日の宴会での出来事である。酔っ払った彼女は手当たり次第接吻を迫ったのだ。流石に唇に、ではなかったのだけれど。
彼女の被害者は男女問わず多数。初めに騒ぎの仲裁に入ろうとしたエラムは三、四回。……私は一回。しかし、翌朝彼女は全く覚えていなかったので、このことは伝えないことにしたのだ。シーラも酒の醜態など、知りたくないだろう。しかし、彼女に伝えないことには謝ることもできないし……正直に伝えるべきか難儀である。アルスラーンは、自分にはお手上げだと思わず空を仰いだ。


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