その目に焼き付いたのは


昼食後、剣の手入れでもしようかと自室に向かっていたところ、庭からはみ出た白い足が視界の端に映って二度見する。疲れているのかと目を擦ったが、紛れもなく人間の足だ。

「おい、何をしている?」

なんでこんなところに、と思いながら近寄って、その足の持ち主の様子に気づいて慌てた。

「……んー、すみません。大丈夫です」

正体は現在客人として迎えられているシーラであった。本人は大丈夫とは言うものの、その顔は真っ青だ。そもそも倒れていたのだ、大丈夫なはずがない。

「医務室まで行こう、立てるか?」

尋常じゃない様子の彼女に手を差し出したが、足が縺れたのか手を掴んだままふらりと転んでしまった。どうやら意識も朦朧としているらしく、歩くこともままならない。こうなれば彼女を抱えて運ぶべきなのだが、僅かに俺は躊躇した。突然目の前に現れたとき、俺が取り押さえたことで彼女を怖がらせた自覚があったからだ。しかし、病人を前に背に腹は変えられない。意を決して俺は彼女を抱えあげた。

「……あれ? すみませんダリューン卿、ありがとうございます」
「大丈夫だ。今医務室に向かっているから安静にしていろ」

重たい瞼で謝る彼女は特に俺を怖がる様子はなく、症状を悪化させるはめにならなくてよかったと一先ずは胸を撫で下ろした。



***



私が目覚めたとき、見慣れない天井に「ここどこだっけ」と一瞬思考が停止した。そうだ、医務室だ。気持ち悪くて倒れていた私を、ダリューンが運んで来てくれたんだったと思い出しガバリと起き上がる。

「あ、シーラ。具合はどう?」

側には赤髪の少女、アルフリードが果物の皮を剥いていた。

「ぐっすり眠ったたから大丈夫。それよりダリューン卿は?」
「ダリューン卿なら、シーラを寝かせてからあっという間に行っちゃったよ」

ぼんやりとしか覚えていなかったのだが、彼女の答えにそうだったような記憶がしてくる。ここに到着してすぐ、私は嘔吐してたので気にする余裕がなかった。

「ところで、熱はなかったようだけど急にどうしたのさ。何か変なものでも食べた?」

彼女の尤もな問いに、思考を巡らせる。変なものは食べてないと思うけど……

「あ、昼食の貝だ!」
「貝? えっ、もしかして痛んでた!?」

自分も食べてしまったと焦る彼女に「違う違う」と否定する。

「昔から貝を食べると体が痒くなったり気分が悪くなったりしててね。こっちの世界の食事が楽しすぎて油断してた」

彼女に説明しながら美味しかったのになあ、と残念に思う。しかしこれからは気を付けなければならない。万が一アナフィラキシーショックでも起こしたら洒落にならない。
そのあとは二人で彼女が剥いてくれた果実を食べながら、他愛もない話をしていた。今回初めて目にした果物は、甘いのに爽やかで美味しかった。

「あっ、ダリューン卿! 今から行くので、そこから動かないでくださいねー!」

突然二階から自分を名を呼ぶ大声が聴こえて上を見た。昼間に俺が医務室まで運んだシーラだ。

暫くして、走ってきたのか軽く息を切らしたシーラが現れた。

「あの、昼間はとんだご迷惑をお掛けしてすみません。ありがとうございました」

そう言いながら勢いよく彼女がお辞儀をする。わざわざお礼を言いに来たらしい。

「その様子だともう大丈夫そうだな」

礼儀正しい彼女に関心しながらも長話をする必要はないだろうと軽く手を振って去ろうとしたのだが、再び大きな声で呼び止められて振り向いた。

「? なんだ」
「あっ、えーと、その、あの……良ければもう少しお話ししませんか!」

予想外すぎる提案に俺がぎょっとしたのは言うまでもない。



「――つまり何が言いたいのかと言いますと、ダリューン卿が気に病むことじゃないということであってですね」

一体俺とシーラで何を話そうというのかと困惑していたのだが、彼女の口から出たのは今までの態度に関する謝罪の言葉だった。俺は多少なりとも彼女を怖がらせてしまった責任を感じていたのだが、元々男性が苦手なだけだから気にするなということだった。寧ろ、最近は克服しようと努めているからどんどん話しかけてほしいとまで。

「あっ、私が嫌だったら全然いいので」

謙虚なのか別の理由か、彼女がブンブン手を振りながら言う。何度か見かけたことがあるが、誰かと話す彼女はこんなだっただろうか。動作が不審だし、口調もやけに回りくどい。いや、もっと落ち着いた雰囲気だったと記憶している。やはり無理をしているのだろう。

「こちらこそ悪かったな。生憎この体格はどうにもならんのだが、それでもいいだろうか」

特に大柄な男が苦手だと言う彼女がなるべく怖くないようにやや体勢を低くして言った。正直、近頃周りがよくするシーラの話について行けず、参っていたのだ。一足先に彼女と打ち解けたナルサスにはからかわれるし。

「もちろんです! よろしくお願いします」

俺の様子が面白かったのか、彼女はおかしそうに笑った。そうえば笑顔は初めて見たな。元々綺麗な顔をしているが、笑うとますます目を引く。

「――……ダリューン卿?」

ハッと彼女の笑顔に見とれていたことに気づいて小さく咳払いをした。俺らしくもない。同時に脳裏に某国の姫君の顔が思い浮かんでふと彼女を見た。顔は全然違うが、全体的に見ると似ている。不思議そうな彼女の表情を見つめながら、ひょっとして俺は黒髪が好きなのだろうかと、悪友に知られたらそれこそからかわれそうなことに思い至り、頭を悩ませていた。


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