穴を掘ってでも入りたい

「つまりシーラは男色愛好家であると?」

やや引き気味のナルサスに問いに私は力なく項垂れた。死にたい。何でこうなったかと言うと、時は数分前にさかのぼる。

どうやらナルサスは初回の私の話を大変気に入ってくれたようで、あれから忙しい身でありながらも時間を見つけては座談会に参加していた。そして今回は、スマホのカメラ機能を使ってみようという話になったのだ。この時代にどうやってと思うかもしれないが、今や私の持ち込んだパソコンやスマホは今や無限バッテリー状態なのだ。勿論ネットワークに接続は出来ないのだが、今時スマホの電源さえつけばそんなものなくとも豊富な機能を楽しめる。
そんな訳で私たちは、誰かの顔や窓から見える景色を撮ってはしばらく遊んでいた。普通に暮らしていたら絶対に体験出来ないであろうことに、彼らははしゃいでいたが、やがてそれも飽きてきた。そこで私は次は写真の加工をしてみましょうと提案したのだ。それがこんなことになるなんて。
うっかりしていたのだ。まさか何の気なしに開いたアルバムに、保存していたちょっとアレな画像が表示されるとは。出てきたのは半裸の男同士がキスしてるもので、私が突然現れたときの比ではないくらい、周りの空気が凍ったのが分かった。当然誤魔化せるはずもなく、「さっきのは何だったのか」と問い詰められ今に至る。以上、回想終了。

「もういっそ殺してください」

恥ずかしくて死にそうな私は頭を抱えて悶える。絶対にみんなには隠し通そうと思っていた秘密なのに。しかし、出てきたのがアルスラーン戦記と何の関係もない画像でよかった。彼らがこちらの世界の物語の登場人物であることは伝えていない。自分達が生きている世界は作者の空想で、未来も全て決まっていると知ったら困惑するだろうから。ん? でも私が紛れ込んでいる時点で私が元々知っているものとは違うのだろうか。……なんて思考を誤魔化そうとしたけれど、そんな上手く行くはずもなく、「あー」とか「うわー」とか自分でもよくわからない声を発しながら再び頭を抱える。羞恥のあまり皆の顔が見れない。そんな私を見かねたのか、殿下が声を掛けてくださった。

「ま、まあ他人の趣味にとやかく口を出すつもりはないよ。だからそんな悲しいことを言わないでくれ」

「なあエラム」と殿下は不自然に明るい調子で同意を求めるが、私を見るエラムの目は冷たい。一回りも年下の子に気を使わせてしまっている状況が情けない。そしてなにより罪悪感に、心が押し潰されそうになっていた。私が殿下達すらも萌えの材料もしていたなんて絶対言えない……!

「で、でも流石にシーラ様も、現実の男性のあれこれがお好きな訳ではないですよね!」

私を冷たい目で見ていたエラムも何だかんだで助け船を出してくれたのだが、「ここで言う現実ってあちらの世界じゃなくてこちらのことだよな」と余計なことを考えてしまった私はおもいっきり声が裏返ってしまった。その場に広がる沈黙。あ、これ終わったな。

「〜〜っ! すみません、今日はこの辺で失礼します」

いたたまれない空気に耐えきれなくなった私は、部屋から逃げるように飛び出した。今すぐ穴があったら入りたい!



***



シーラの衝撃的な趣味が露見して以来、恥ずかしそうにしていた彼女はとうとう耐えきれなくなったのか、殿下の制止も聞かずに飛び出して行ってしまった。彼女にそんな秘密が有ったとは、正直俺も驚いた。残された俺達はというと、殿下はその場で無意味に回り続けながらオロオロしているし、エラムは「余計なことを言ってしまっただろうか」と珍しく動揺していた。かくいう俺も、彼女のデリケートな部分を無理に問い詰めるべきではなかったと反省している。そんな感じで少しの間沈黙が続いたが、年長者である俺はゆっくり立ち上がった。

「シーラのもとへ行って来よう」

そう告げると申し訳なさそうな殿下とエラムに謝罪を頼まれたので、任せておけと引き受けておいた。



「シーラ、居るんだろう。少し話をしないか」

彼女に与えられた部屋の前で控え目にノックをする。長い沈黙のあと、中からぐくもった声が聞こえてきた。

「現在シーラは留守です。帰ってください」

やっぱり居るんじゃないか。彼女の矛盾した返事に思わず笑みがこぼれる。本来なら許可なく女性の部屋に立ち入るべきではないのだが、今回ばかりは仕方がないだろうと戸を開けた。
部屋に入ると寝台の上にシーラらしき布団にくるまった物体がある。

「ちょ、なんで入ってきちゃうんです!? ここにシーラはいませんよ!」

顔は見えないが声の主は間違いなくシーラだ。俺はそんな彼女の抗議を無視して側に腰かけた。

「……」
「お主はここに居るというのに、面白いことを言うのだな」
「……」
「シーラ」
「……」
「おや、返事もしてくれないのか」
「……」
「さっきはすまなかった。殿下やエラムも申し訳ないと謝っていたぞ」
「………………全く貴方達は、なんでそういうこと言うんですか!? 素直に気持ち悪いって罵ってくださいよ。逆に辛いです」

彼女は暫く無言をついていたが、俺が謝罪を口にするとくるまったままの姿で逆ギレ気味に暴れる。じたばたと動くその姿はシュールだ。

「驚いたのは確かだが、気持ち悪いとまでは言ってないさ」

暴れる彼女を軽く取り押さえ、布団を剥いだ。

「そんなの……本当かどうかなんてわかんないじゃないですか」

ようやく現れた彼女は暑かったのか顔は赤く、今にも泣きそうだ。そんな姿にドキリとして、俺は反射的に目を背けた。

「俺や殿下がこれしきのことで軽蔑するような奴に見えるのか?」
「……見えません。そんなわけないです」
「なら、そういうことだ。シーラはいちいち気にしすぎだ」
「そっか……」

納得したように頷いた彼女は「でも、私にとっては大事な問題だったんですから!」と軽口を叩く。

「ほう、お主は異性間の恋愛に興味はないのか?」

いつもの様子に戻った彼女に、思っていた疑問を口にした。

「私がですか? うーん、全く興味がないわけではないですよ。そろそろ周りも結婚し始めてますし。まあ私はその相手が居ないんですけどね」
「そうか、それはひと安心だ」

自嘲気味に笑う額に、俺は口付けを落とした。この国では珍しい大きな黒目と視線が交差したのでにこりと微笑みかけたが、彼女は何が起きたか理解していないかのように固まっている。

「俺は女が好きなのでな」

硬直状態の彼女の耳元でそう囁くとようやく状
況を理解したかのように、彼女はブワワっと赤くなった。何かを求めるようにさ迷っていた手は宙を切る。反応からして、どうやらあまり免疫がないらしい。彼女の様子に満足したので、そろそろ立ち去ることにした。



「おやおやナルサス卿ではないか。こんな時間に何用かな?」
「はて、何のことやら」

彼女の部屋を後に、歩いていたところ柱の影からギーヴが現れた。

「まあいい。彼女はまだ誰のものでもないことお忘れなきよう」
「ギーヴ、それは……」
「聡明な策士殿はもうお気づきでは? 宣戦布告というやつですよ」

にやりと笑いながら流れるように宣言したギーヴに目を見張った。確かにシーラは不思議な魅力を兼ね備えているが、まさか彼の口からそんな台詞が出てくるとは。

「それは厄介だな。お手柔らかに頼むよ」
「お互い様ですね」

肩を竦めた俺に、ギーヴは不敵に笑った。


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