座談会

「エラム、今回はシーラはどんな話を聞かせてくれると思う?」

隣にいた殿下が楽しそうに問いかけてきた。もはや毎日の恒例となった彼女との座談会のことである。

「さあ……私には全く。こればっかりはシーラ様を待つしかないでしょう」

私の答えが予想通りだったのか、殿下はうんうんと相槌を打った。

「まだ二週間程度しか経っていないが、彼女には色々な話を聞いたな。遠く離れた相手と話せる機械や火を一切使わないという明かりの話……昨日の教育機関の話も面白かったな! エラムは何か気に入っている話はあるか?」
「そうですね、冷蔵庫?でしたっけ。食品を腐らず保存できるのは羨ましい限りですね」

脳裏に彼女の話を思い返しながら答える。最初は怪しげな女と殿下を二人きりにするわけにはいかないという監視目的であった。おそらく向こうも気づいていたと思う。しかし、そんなこと意も介さず、あっけらかんとした様子の彼女にいつの間にか毒気を抜かれていた。こちらに来る以前には、物語を書いて生計を立てていたらしい。そんな彼女の話の内容はもちろん、話し方も巧みだ。今ではすっかり彼女の話に引き込まれている自分がいる。

「それにしても今日は遅いな。忘れているのだろうか」

そう言いながら、殿下が横目で扉をみた。探しに行った方がいいだろうか。
自分が立ち上がろうとしたちょうどその時、ノックの音が響いた。待ってましたと言わんばかりに、ご機嫌な殿下が扉を開く。
そして「遅くなってすみません」と言う彼女と一緒に入ってきた人物に驚いて目を見開いた。

「殿下、今日は私もご一緒させていただいても?」

いや、それは自分の主であるナルサス様なのだが。

彼女は口にこそ出さなかったが、少し男性を怖がっている節があった。ギーヴ様なんかはそれを知りながらもわざわざ話してかけているようだったが、ナルサス様と話しているところは殆ど見たことなかった。シーラ様の言う現代に興味があったというナルサス様は、始めの方は話かけたりもしていたようだが、今では後から自分の話を聞くだけになっている。他にも、特にダリューン様なんかは怖がらせてしまっただろうと、気を使って距離を置いていた。

「これはまた珍しい組合わせだな」

二人を招き入れた殿下は再び席に座りながらも、私と同じような感想を言った。

「そうですね。こちらに伺う途中にナルサス卿をお見かけしたので、一緒にどうですかと聞きましたらぜひと答えてくださいましたので」
「実は私も兼ねてから、お主の話す現代とやらに興味があったのだ」

殿下の感想に彼女がにこやかに答える。隣に座るナルサス様もなんだか嬉しそうだ。

「さて、早速ですが本題に参りましょう。今日はナルサス卿もいることですし、絵についての御話をお聞かせしますね――」



***



今日の座談会は実に盛り上がった。
私が現代の話をすることになっている座談会は基本的に殿下とエラム、そこにどきどき女性陣かギーヴが加わるという風に行われていた。しかし、部屋に向かう途中にナルサスを見つけたため勇気を出して誘ってみたのだ。始めの方は話し掛けてくれていた彼だが、最近は全く話していなかった。そのためドキドキしていたのだが、断られなくて本当によかった。二人で部屋に向かいながら然り気無く彼が絵を描くことを聞き出し、殿下達と合流してからは絵画やイラストレーションに至るまで色んな話をした。自分の絵画について熱く語るナルサスは全然怖くなかったし、話していてすごく楽しかった。男性だからと言って避けていた自分が馬鹿みたいだ。そして、なによりの収穫はナルサスの絵を見せてもらう約束を取り付けたことである。あちらの世界に居たときは絶対に見られないと思っていた。本人には口が避けても言えないが、見た者を驚かせる彼の絵とは一体どんなものか心待ちにしている。

「ここまでで大丈夫です。ありがとうございました」

予想以上に盛り上がりすぎて遅くなってしまった私を、ナルサスは部屋まで送ってくれていた。

「ああ。しかし、一つ気になっていたことがあるのだが、いいだろうか」

気になることってなんだろう。絵画のことだろうか。本当に絵が好きなんだなあと思いつつ「もちろんです」と快く答えると彼は私の思ってもないこと口にした。

「いや、避けられているようだったし、私はてっきり嫌われているのかと思っていたのだが、そうでもないようだと思ってな」

そんなことを思われていたのか、と驚く私は慌てて否定する。

「そんな! 今まで避けていたのは私の都合と言いますか、全て私が悪いんであって……えっと、その、不快にさせてしまったならすみません」

全面的に私が悪い。うわー、彼にそんな思いをさせていたのか、辛い。もしかしなくても、ダリューンにも同じようなことを思われているのではないだろうか。これではいけない。彼にも近いうちに謝らないと。こんな自分が情けなく、尻すぼみになりながらも謝る。

「気にするな。今日はなかなかに興味深い話だった。よければまた一緒に聞かせてくれ」

ナルサスはそんな私を笑って許してくれた。何というか、この世界はいい人だらけだ。

「私もお話していてとっても楽しかったです。ここまで送ってくれてありがとうございました。お休みなさい」

彼が私の挨拶の返事に「また明日」と声をかけてくれて嬉しくなる。また明日。いい響きだ。その言葉が嬉しくて、ベッドに入ってからも眠りに落ちるまで、始終ニコニコしていた。















おまけ

そろそろ寝ようかという夜更けに偶々悪友に出くわした俺は、それからよくわからない話を延々と聞かされていた。先程ナルサスはシーラと殿下たちの座談会に参加して来たらしい。彼女の話は評判がよく、殿下やエラムからもよく話を聞いていた。彼女が俺たちに敵意がないことはもはや周知の事実だし、寧ろ好かれている様子の彼女はすっかりこちらに馴染んでいる。だが、いくら熱く語ろうとナルサスの絵が下手なことに変わりはないし、いい加減寝させてくれないだろうか。

「それであちらの世界には抽象画という概念が――……おいダリューン、聞いているのか?」
「ああ、いや。近頃はシーラの話をよく聞くと思ってな」

俺がそういうと、ナルサスは妙に楽しそうに笑った。

「む、確かにそうだな。だが彼女の話はなかなかに面白かったぞ。殿下や他の者たちが夢中になるのも頷ける」
「なるほど、お前も夢中な者の一人というわけか」

俺のからかいを含んだ言葉に意外にも肯定的な言葉が返ってきて驚く。このひねくれ者の心さえも掴むとは、シーラは思いの外やるようだ。

「お前もたまには話しかけてみたらどうだ?」

今度はニヤニヤと笑うナルサスにイラッとした。コイツ、絶対わかって言ってるだろう。

「まあ俺はその、どうかな」

周りがこぞって話すシーラに興味がないと言えば嘘になるが、怖がらせてしまったようだったし、俺には彼女と話す機会はないだろう。突然目の前に表れた彼女が殿下に害を及ぼす者の可能性だってあった訳だし、自分の行動に後悔はない。それでも「まあ頑張れ」とにやついた笑顔のまま肩を叩いてくる悪友に対し、思わないことがないでもなかったのだが。


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