03.美人は言わねど隠れなし
「アーシャったら! 今さら何を遠慮してるのさ」
「そんなんじゃないってば。自分でやるから」
「ねー、いいじゃない。 折角なんだから精一杯お洒落しようよ」
早朝だと言うのに、先程から部屋の前で騒がしい声が聞こえる。
もちろん最初は無視していたのだが、あまりの騒ぎに痺れを切らして扉を開く。
「朝から騒々しい、何じゃ」
「あ、おはようファランギース。 ちょっとお願いがあるんだけど」
「……おはようファランギース」
そこにはごきげんなアルフリードとは裏腹に疲れきったような顔をしたアーシャが立っていた。
***
「して、お願いとは何じゃ?」
我が名はファランギース。ミスラ神を信仰する女神官であり、先代女神長の遺言によりアルスラーン殿下に仕えている。
「まずはこれを見て、凄いよね!」
何やら興奮した様子で手に持った箱を見せてくるのがアルフリード。
隣でぶすりとむくれているのがアーシャだ。
「ほう、確かにこれは見事な装飾品じゃな」
そこには決して華美ではないが、小さな天然石と花の模様が美しい髪飾りが入っていた。
「これアーシャがプレゼントされたものなんだって! それでね――――……」
要約するとアーシャが髪飾りの送り主とお茶をするため、これを使って髪を結ってほしいとのことだった。
「なるほど。そういうことなら任せてもらおうか」
***
「しかし、お主にそういう相手がいたとは意外じゃな」
装飾品だけでもいいが、折角なのでアルフリードにリボンを借りてくることを頼み、彼女の髪を梳しながら呟く。
「……アルフリードは勘違いしているみたいだけど、別にそんなんじゃないのよ」
彼女の話の話によると、どうやら髪飾りの送り主はキシュワードの下の千騎士長らしく、あまり無下にもできないらしい。たしかに相手が由緒ある家の武人なら無理もないだろう。
「本当は今日もお断りしたかったのだけど…… ファランギース、何かいいアイデアはない?」
「そうじゃな。相手が千騎士長となればギーヴのようにはいかぬからの……」
「二人ともおまたせ! リボン持ってきたよ」
彼女はかなり悩んでいるようであったが、アルフリードの帰還によりその話は流れていった。
***
「……凄い、アーシャすっごく綺麗」
完成した彼女を前にアルフリードが感嘆の声をあげる。
彼女の薄い金髪は水色のリボンと共に編み込まれ、高い位置で纏めて例の髪飾りで留められている。それから彼女の白い肌に、紅色の口紅がよく映えていた。
「ありがとう。ファランギースのおかげね」
照れくさそうに彼女が微笑む。なんだかんだで化粧までしてしまったが、彼女の持つ魅力が最大限に引き出されているのではなかろうか。
「アーシャは童顔だと思っていたけど、化粧が濃い目だと大人っぽくて別人みたい。私が男だったら絶対惚れてるなあ……」
「やめてよ。何か嫌な予感がするから」
このときの予感が当たったのか、アーシャの美しさと噂は瞬く間に広がり、彼女の悩みも増えてしまうのはそう遠くない日の出来事であった。
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