04.壁に耳あり障子に目あり
私はアーシャ。つい最近まで一人旅をしていたのだが、道中色々あり現在はパルス王国の王太子アルスラーン殿下に仕えている。
「アーシャはどうやってこれほどの言語を身につけたのだ?」
ペシャワール城塞に到着してからというもの、殿下は軍事や政治、地理や歴史など熱心に学業に身を注いでいた。講師は主にナルサスだが、言語と一部の地理は私が担当させていただいている。
「言語はとにかく慣れです。……ですが、殿下には私から特別にとっておきの上達方法をお教えしましょう」
「何かコツがあるのか! ぜひご教授願おう」
殿下がキラキラした目で私を見つめる。こういう素直なところが部下に好かれる要因なんだろうな。
「畏まりました。それは……」
「それは?」
「恋をすることです」
「恋!?」
予想外の答えだったのか、驚きの声が上がる。
「はい、恋です。人は皆、愛しいもののことを知りたいという思うでしょう? その力が上達への鍵となるのです」
「なるほど。では、アーシャも恋を通して言葉を学んだのか?」
殿下の質問に僅かに考え込んだ。私が愛しているのは男の人ではない。
「まあ、そうなりますね。知りたいという気持ちが、今の私を作ったのです」
***
幼きころ、私はとある小国の王族として産まれ育った。宗教上の理由により城の外に出ることは許されず、さまざまな国や文化、人々の営みに焦がれ、憧れた。
当時は書物の中の世界が全てだった。新しい異国の書を読むために言語学ぶことの繰り返し。私は偽りの自由を求め、朝も夜も机にかじりついた。
数年後、皮肉にも祖国は滅び、私は自由を手に入れることになる。
***
「アーシャは大人だな。私にはまだわからん」
殿下の声に一気に現実へ引き戻される。
「そう難しく考える必要はありません。大切なのは少しの知識欲と好奇心ですよ、殿下」
「ふむ、私もまだまだ頑張らなくてはな!」
そう意気込む彼に、小さく笑みをこぼした。
「さて、学業の続きをいたしましょうか」
後にこの会話が、多大な誤解を招くことになるとは知らずに。
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