09.白昼

暖かく穏やかな日の昼下がり、中庭から美しい笛の音が聴こえてきて窓の外を見た。パルスでは有名な曲だ。柔らかな陽射しに金髪を照らされながら横笛を演奏しているのはアーシャである。彼女が楽器を演奏できるとは知らなかったが、なかなかの腕前。

「しかし、これを黙って聴いているだけでは楽士ギーヴの名が廃る」

俺はひとりごちて自身の琵琶を手に足早に部屋を出た。

中庭までやって来た俺は彼女の旋律に合わせて伴奏を弾きつつ隣に座った。ちらりと俺を窺う彼女は楽しげだ。
やがて彼女の演奏は徐々にスピードを上げ、華やかなアレンジが加わり始めた。……もしや、これは試されているのか? これは受けて立つしかないではないか!



***



「はあー、疲れた」

曲が終わり、アーシャが大きく息を吐いた。顔が筋肉痛になりそう、などと一人ぼやいている。
「しかしアーシャ、かなりの腕前ではないか! 横笛が演奏できるなど知らなかったぞ」

俺がそう言うと、彼女きょとんとした顔で答える。

「当たり前じゃない。言ってないもの」

「いや、まあ確かにそうだが、そういう意味じゃなくてな」

「到底本業の楽士様には敵いませんよ」

そんな風におどけて笑うが、そうじゃなくて、彼女はまるでどこかで教育を受けてきたような――

「アーシャの生まれは貴族か何かか?」

考えるよりも先に言葉が口に出た。いや、前から薄々感じてはいたのかもしれない。旅の最中には気づかなかったものの、ペシャワールに到着してからは彼女の挙措の節々に気品や生まれの高貴さを感じられるものがあった。

「………………半分正解」

俺の問いに小さく答えると、彼女は眉を下げて困ったように笑う。

「今日はありがとうギーヴ。よかったらまた一緒に演奏しましょう」

そのまま彼女は逃げるように去って行ってしまった。おっと、やはり彼女の生まれは禁句だったか。

「ふむ……」

旅の途中、彼女は一切自分の身元の話をしなかった。唯一話していたのは言語学者として世界中を旅をしていたことと数年前に絹の国でダリューン卿と出会ったことくらいか。

「まあ、得体の知れなさはお互い様だな」

ということで、俺は余計な詮索を止め、新たな曲を演奏し始めることにした。

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