08.丑三つ時
あたしが幽霊退治を決意したころ、アーシャはバルコニーで歌を歌っていた。無論、幽霊騒ぎの正体は彼女なのだが、当時のあたしにそれを知る術もなく、
「そういえば、幽霊に剣って使えるのかな」
なんて呟いていた。その時のあたしは歌声がバルコニーから聴こえてくることを突き止めたものの、しばらくそこで立ち往生していた。バルコニーまでの距離は5ガズくらい。
それにしてもこれは何語だろう。この歌声を長く聴いていると、心なしか不安になってくる。
「ここに居ても拉致が空かない。せーので一気に走ろう」
そう決めて剣を握り直し深呼吸をする。
「せーの――」
その刹那、突然何者かに肩を掴まれた。
「うわああああ!」
***
肩を掴んだのはエラムだった。
「なんだよお前。人を見ていきなり叫ぶなんて、相変わらず失礼な奴だな」
「あ、あんたがいきなり掴むからでしょーが!」
思わず不機嫌そうな顔をした彼に食ってかかる。あれ、ランプを二つ持ってる。……もしかしてあたしが置き忘れたのに気づいて追いかけてきてくれたのかな。
「灯りを忘れるなんて本当ドジだな」
やっぱりそうだ、ちょっと見直す。
「う、うん。ありがとう」
「ああ。ところで剣なんか握りしめて何をしていたんだ?」
彼の言葉にしまったーと頭を抱える。そうこうしてる間に、あの歌声は聴こえなくなってしまった。
「あ〜、エラムが来たせいで逃がした〜」
「はあ? 人のせいにするなよ。そもそも逃がしたって……」
あたしの背後から別の声が聞こえた。
「二人ともこんな夜遅くにどうしたの?」
「あ、アーシャ! 」
「アーシャ様! 申し訳ありません。起こしてしまいましたか?」
「あ、いやいや全然。もともと目が覚めてたから大丈夫だよ」
彼女はアーシャ。もちろんファランギースも凄いんだけど、彼女もまた別の意味で凄くて何でもできる完璧な人。あたしは密かに憧れてたりする。
「こんな夜更けに二人は何をしてたの? あ、もしかして逢い引きかしら」
邪魔しちゃったかなと笑う彼女に慌てて否定する。
「誰がこんな奴と! 今ね、幽霊退治をしようと思ってたの」
エラムがこっちこそお断りだとかなんとか言って来るけど無視する。
「幽霊退治?」
「うん。今日侍女達が噂してたのを聞いたの」
「そういえば、私も昨日幽霊の噂を聞きました。結構広まっているんですかね」
あたしの言葉にエラムが続ける。
「ええー、私は知らないなあ。どんな話?」
「あのね巷では『戦で喉を潰し――……」
少し離れたところから足音がして振り返る。あ、ファランギースだ。
「お主ら、今何時だと思っておる。こんな夜更けに騒がしい」
いつのまにか結構大きな話し声になってたみたい。彼女に三人揃って謝って、あたし達はそこでお開きとなった。
***
「じゃあおやすみ」
「アーシャ、お主もしっかり寝るのじゃぞ」
「あはは、わかってるって。おやすみなさい」
アーシャと分かれファランギースと部屋に戻ったあたしは頭からベッドに飛び込んだ。
結局幽霊の正体は掴めなかったなあ。バルコニーから声が聴こえてきたのだけれど……そこまで考えてあることに気づく。アーシャはどこからやって来た? あの先は行き止まりだから部屋から出てこない限り、バルコニー以外あり得ない。ということはアーシャはずっと幽霊と一緒にいた? あたしの背筋に冷たいものが走った。頭の中ではあの歌声が響いている。
「嘘でしょ……」
考え出したら止まらない。そして結局あたしはあの侍女のようにしばらく眠れない日々を過ごすはめになるのであった。
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