×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
 泣きそうな笑顔に、

今日もいつものようになまえの歌声が聴けねーかと、河原へと向かっていた時だった。
ここへ来ても会えない確率のが高い分、なまえの歌声が風に運ばれて微かに聞こえてきた時には自然と頬が緩むのを感じてた。
なまえが帰っちまう前に、早く行かねーと!って走るペースを速めた俺だけど、なまえの表情まで視認出来る距離まで来たら、思わず足が止まっちまった。

切ない歌を聴いたことがないわけじゃねー。
胸が締め付けられるような、心を押し潰されそうになるような歌だって聴いたことがある。

けど、今日のなまえはどこか様子がおかしい。
いつもみてーに歌いながら遠くを見つめるその瞳は、誰かに助けを求めてるわけじゃねー。
ただ、苦しい、哀しい、寂しい、と訴えてるように俺には見えた。


『あれ?快斗、今日も来てたの?』


歌い終わって、俺の存在に気付いたらしいなまえが俺の方へと体ごと向けてくれたけど、その瞳はやっぱいつもと違っていた。
吸い込まれるような澄んだ瞳が涙に濡れてるわけじゃねー。
なのに、寂しげなその瞳は俺の心臓を軋ませた。


「なまえの歌声聴きに来た、んだけど…」
『珍しいわね。快斗が言い淀むなんて。いつも一人で勝手に喋ってるのに。どうしたのよ?』
「ヒデーな。あれはなまえが話し相手になってくんねーから、結果的に俺が一人で喋ってるだけだろ?」
『ちょっと、あたしが快斗の話聞いてないみたいに言うの辞めてよね?あたしに話す暇も与えずにノンストップでマシンガントークしてるのは誰よ?』


他愛ない話をしてるなまえの表情は、俺が好きななまえの笑顔、の筈だ。
瞳がいつもと雰囲気が違うからって、こんなにも印象が違うもんなのか?と、毎回不思議に思う。
なまえがこんな表情をする時の原因を俺はもう知ってっから。
何かを溜め込んでいる時にする表情だ。
しかも、表情に出るまで余裕が無くなった時の原因は決まってあいつだと分かってっから、俺はあえてそこには触れなかった。


「なぁ、今日もリクエストしていいか?」
『どうせあたしが断ってもリクエストするんでしょ?』
「俺、なまえに断られた試しねーんだけど?」
『それは快斗が“俺の好きな曲集めて来た!”ってプレイヤーごと渡して来たからでしょ?しかも、容量の大きいヤツのデータいっぱいに。あれ、一通り全部聞くだけでも大変だったのよ?』
「だから、ちゃんとあの中からリクエストしてんじゃねーか」


それは、単純に俺の好きな曲を集めただけじゃねー。
なまえに歌って欲しい曲、なまえの歌声で聴いてみたい曲をひたすら探して落としていった代物だ。
歌詞と曲調、歌手の歌声、どれも俺の好みと偏見でなまえに似合いそうな曲を選んだだけだけど、なまえの歌声はいつも俺の予想を軽く凌駕する。
寧ろ、俺が元々好きで選んだ筈の歌でさえ、なまえの歌声で上書きされちまった後じゃ、プロが歌ってる本物の歌声を聞いても物足りなくなるくれーだ。


『んー、1曲目は明るい系の歌がいいかな?』
「OK!じゃあ、1曲目は、」


それは“今歌いたい気分”が明るめの曲なんじゃなくて、“沈んだ気分を上げる為に”明るい歌が歌いたいだけなんだってのも分かってた。
けど、理由なんてなんでも良かったんだ。
なまえの歌を聴きにここに通ってんのは事実だけど、俺はなまえと二人の時間が少しでも欲しくて“リクエスト”と称して、毎度長居すんだから。


『今日は調子悪いな。声が伸びない』
「そーか?俺は好きだけどな。なまえの歌声」


本調子じゃねーのは聞いてりゃ分かる。
伊達になまえの歌声をいつも間近で聴いてるわけじゃねーんだ。
なまえの歌声だけでも、ある程度はなまえの心境が分かるんだよ。
なまえは言葉にするより飲み込んでしまう性格で、歌で想いを吐き出してるって聞いたときは納得さえした。


『快斗は出会った頃からそのポジションがお気に入りだよね?』
「なまえの歌声に心置きなく酔いしれるには絶好のポジションだからな」


立ってるなまえのすぐ横で寛いでなまえの歌声を聴きながら、なまえが作り出す歌の世界に浸れる幸せで贅沢なこのポジション。
初めて出会った時に見つけたこの場所だけは誰にも譲るつもりはねー。
それが例えなまえの彼氏であるあいつだとしても、だ。


「なぁ、今度はこの曲聴きてーんだけど」
『またさっきとはだいぶ違うの選んできたね。じゃあ、歌うよ?』
「おう!」


どうしてこの想いは伝わらない、想いは募るばかりだというのに。
君に触れられる距離にいるのに、君は遠くなっていくばかり。
どうしてこの願いは届かない、こんなに声が枯れる程叫んでいるのに。

俺が選んだのはそんな感じの歌詞の曲。
正に、俺の今の現状であり、聴いてる限りなまえの心境も似たようなもんなんだろうと思う。
さっきとは比べもんにならねー程に、歌声に乗せられる感情の重みが違う。


「ツラくね?相手に想いが伝わらねーのって」
『そうだね。ツライし、しんどいよ』


歌い終わって余韻に浸って揺れる水面を眺めているなまえは儚げだった。
だから、思わず声を掛けてしまってたんだけど、軽い調子で言った俺の言葉になまえは返してくれた。
哀し気な寂しそうな横顔で。
そんな顔をさせてるのはあの名探偵なのかと思うと腹が立つ。


「それでもあいつがいいのかよ?」
『え?』


俺がどんなに望んでも一片たりとも未だに手に入らねーなまえの愛情を一心に受けておきながら、なまえを傷つけることばかり繰り返す名探偵に苛立って、思わずそのまま声に出してしまった。
俺を見た、戸惑ったように揺れてるなまえの瞳を真っ直ぐに見つめたまま、言うだけ無駄だと分かってる癖に止まらねー俺の口が憎たらしい。


「オメーを今苦しめてんのはあいつなんだろ?」
『何、言って』
「ポーカーフェイスでほとんどの感情を殺せるなまえが、そんな哀しそうな寂しそうな瞳をしてる時は決まってあいつ絡みなんだよ」
『…』
「なまえのこと傷つけてばっかなあいつのどこがいいんだよ!?俺なら、オメーをそんな風に一人で泣かせたりしねーのに!!」
『勝手に泣かさないでくれる?あたし、泣いてなんかいないわよ?』
「泣けない代わりに心で泣いてんだろ?」


普段は大人びてるなまえだけど、ホントは弱くて脆いことを俺は既に知ってる。
笑顔で全て隠して、他人に弱みを見せねーのがなまえだ。
だけど、こんな表情を見る度に思う。
心の中では幼い心のままななまえが一人で怯えて泣いてんじゃねーかって。
それなら、俺はその泣いてるなまえまで抱きしめて受け止めたい。


『ホント、快斗には敵わないなぁ。なんで、バレちゃうかな?』


これでも隠してるつもりなんだよ?
そう言って笑ったなまえは、いつもの綺麗な笑顔じゃなくて、涙さえ流してないものの今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた。



泣きそうな笑顔に、

こいつを守れんのは、あいつじゃなくて俺だけだと思った。


「泣きたい時は泣きゃいいじゃねーか。俺の前でまで無理すんなよ」
『これはもう自己防衛なのよ。誰かに負担をかけさせたくないだけ』
「俺は負担とか思わねーけど?寧ろ、繕ったそんな笑顔見るくれーなら、泣いて頼ってくれた方が嬉しいんだけどな」
『快斗のキモチ知ってて、それに答えられないのが分かってるのに、弱った時だけ縋るようなマネ出来るわけないじゃない』
「俺は別に構わねーのに。例えそれが俺の気持ちを利用した一時凌ぎだとしても、な」
『そんな最低な女に成り下がって、あたしにこれ以上自分のことを嫌いになれっていうの?』


知ってるよ。オメーがそういう女だってこと。
そんなとこも全部引っ括めて、俺はオメーのことが好きなんだから。


(だからこそ、余計にオメーの気持ちが欲しいんだから)


.

[ prev / next ]
戻る