花は手折らぬ | ナノ

06報告


※具体的な描写はありませんが、夢主が生理について言及しています。苦手な方は閲覧をお控えください。








 夏油が離反した後、五条は自身の一人称や態度を改めたが、名前はそれについて五条になにも聞かなかった。硝子や七海が五条の心中を察してなにも言ってこないのはわかる。だが名前は子供だ。自分の変化について何も疑問を持たないというのは少し不自然に思えた。名前が本当になにも気にしてはいないのか、五条はなんとなく気になった。

「オマエ、なんも思わないの?」
「? なんのこと?」
「ほら。僕ちょっと変わったっていうか、優しくなったと思わない?」
「悟くんは前から優しいよ?」

 五条にとっては気恥ずかしく感じるようなことをさらりと言ってのける名前に、五条は軽く溜息をついた。この様子では、五条の意図することは正しく伝わらなかったようだ。曖昧な聞き方をした自分も確かに悪かったのかもしれない。そう思った五条は、名前にもわかるように今度はストレートに質問を投げかけた。

「そういうことを聞きたいんじゃないよ。
 話し方とかさ、変わっただろ。
 急に変えた理由とか気になんないの?」
「…………ええっとね」

 てっきりすぐに返ってくるとばかり思っていた返答はいつまでも返って来なかった。名前は先程即答したのが嘘のように、返答に窮し言葉の先を言い淀んでいた。

「まさかとは思うけど、気付いてなかった?」
「そんな訳ない!
 悟くんのことだもん。もちろん気付いたよ。
 でも、話し方とかが変わっても、悟くんは悟くんだから。
 あんまり気にしたことなかったなぁ」
「……そ」

 なんでもないことのように言う名前に五条は驚いたが、そういえば、名前の自分に対する態度は最初からずっと変わらない。名前が自分に微笑みかけるのを見ながら、五条は思う。多分僕がどんなに変わっても、名前は変わらないんだろうな。






[2008年8月(五条18歳/名前11歳)]



 五条が硝子と共に高専内の廊下を歩いていると、正面から名前が駆けてくるのが見えた。二人を見かけると、名前の顔がぱあっと明るくなる。そんな名前の様子を見て、五条は思わず小さく笑みを零した。

「悟くん、硝子ちゃんのところにいたんだね」
「五条に用があってね。私が呼び出したんだ。
 もう用は済んだから、私は先に部屋に戻っていようか?
 その様子だと、名前は五条に話があるんだろう」
「ううん。大丈夫。
 あとで硝子ちゃんに聞きたいこともあるし……」
「どうしたの。やけにご機嫌じゃん」
「悟くんに報告したいことがあるの」

 名前は五条を前にしている時は大抵笑顔だが、今はいつも以上にニコニコしているように思えた。学校で何かいいことでもあったのだろうか。意外と成績は悪くない名前のことだ。テストで良い点数をとったのかもしれない。そうしてありきたりな予想をしていた五条が、名前の言う“報告”の内容に思い当たることはなかった。

「あのね、さっき生理が来たの!」
「…………は?」

 女に生理があることは、五条はもちろん知ってはいる。しかし、生理が始まったことを小学生の女児から報告を受ける機会など今までにある訳がない。さすがの五条もどういう顔をしていいかわからず、たっぷり数秒間固まってしまった。「ちょっと、これどうすりゃいいの」と、五条は硝子に視線を送ってみるが、硝子は五条が珍しく慌てているのが面白いのかただニヤニヤと笑うばかりだ。五条に助け舟を出すつもりは到底ないらしい。硝子が頼りにならないとあっては仕方ない。五条は何が正解かわからないなりに答えを導き出した。

「…………ええっと、そりゃ良かったね。おめでとう」 
「うん。嬉しい!
 だってこれって、悟くんの赤ちゃん産める準備ができたってことだもんね?」

 努めて柔らかく笑いかけながら、とりあえず思いつく限り当たり障りのない返しをした五条に、名前は心から幸せそうに答えた。更に重なった名前の衝撃発言に、五条は思わず目をパチパチと瞬かせた。名前が自分に好意を寄せているのは五条もわかっていた。思い返せば、数年前に好きだとか言われた覚えも微かにある。だが今の今まで、そういう意味で名前が自分を好いているとは五条は考えもしなかった。

「赤ちゃんって……、オマエね。
 自分が言ってる意味、ちゃんとわかってんの? 」
「名前、そういうのは将来できる好きな男にとっておくもんだぞ。
 少なくともこんなクズに言ってやるもんじゃない」
「私、悟くんのこと好きだよ。
 将来、悟くんのお嫁さんになりたいって思ってるもん」

 五条は呆れて声も出なかったが、曇りなき眼で宣言する名前はどうやら全く本気で言っているらしかった。しかし五条はまともに取り合う気にはなれなかった。なんと言っても、名前はまだ子供である。言うまでもなく、五条はそういう特殊な癖を持ち合わせていない。子供が恋愛対象になるわけがないのだ。

「いやぁ無理無理。
 なんてったって僕、御三家の五条家の跡取りだよー?
 どうせどっかのいいとこのお嬢様とかと結婚させられるに決まってんだから。
 残念ながらオマエの出る幕とか無いよ」
「なんで?
 そんなの……、絶対にいや」
「やだって言ったってしょうがないよ。
 こればっかりは僕の意思じゃどうにもできないことなんだから」

 もっともらしい理由を告げて、五条は名前を適当にあしらうつもりでいた。五条との未来を即座に否定され、名前の表情はわかりやすく曇ったが、ここで泣かれても別に構わないと思った。実際、名前が言う未来が来るなんて五条には考えられなかった。変に期待を持たせるより、事実を早めに知った方が諦めもつくというものだ。
 しかし、涙こそ流していないが、今にも泣きそうな名前の表情を見て何を思ったのか、硝子が名前の側についた。

「へぇ、初めて知った。
 いつの間にどっかのお嬢と結婚するつもりでいるんだ、五条。
 でもおかしいな。
 ならなんで、五条家から来る見合いの話をいつも無視してるんだ?」
「そりゃあ、たまたま僕のタイプじゃなかっただけで……」
「それに、親が勝手に決めた許嫁とか絶対ごめんだ、結婚する女くらい自分で決めるって、前に言ってただろ」
「硝子、なんで余計なこと言うんだよ」
「大丈夫だ。
 五条家は次期当主のコイツの言いなりだからな。名前にも可能性はあるぞ」
「硝子ちゃん、それほんとう?!」
「あぁ。だから諦めずに頑張りな」
「おい硝子、無駄に期待させるなよ」
「ねぇ、どうすれば悟くんのお嫁さんにしてくれる?」
「だぁめ。オマエはダメだよ。
 オマエがなにしても、僕のお嫁さんには出来ない」
「えぇっ。なんで?」

 硝子の言葉を聞き、曇っていた名前の表情はたちまち晴れた。再び笑顔で五条に詰め寄る名前に問われ、五条は改めて理由を考えてみる。しかし困ったことに、年齢意外に特にダメだという理由が思い浮かばなかった。

「なんでって……。僕そういう趣味ないし。
 オマエは子供だよ? 無理に決まってんじゃん」
「じゃあ、おっきくなったらいいの?」
「えぇー?
 オマエが大人になるまでには僕結婚しちゃってるかもだしな」
「五条、あんまり名前をいじめてやるな」
「どこがいじめてるって言うんだよ。
 僕は本当のことを言ったまでさ」

 潤んだ瞳で五条を見つめる名前と、依然薄い笑みを浮かべたまま五条を見る硝子。意外にも、先に二人に根負けしたのは五条の方だった。

「わかった、わかったよ。
 オマエが超僕好みに成長して、僕がまだその時万が一にも一人身だったら……、まぁ考えてあげなくもないよ」
「約束だよ!! 忘れちゃダメだからね?」
「はいはい、約束」

 最後には、五条は名前に言われるがまま指切りまでしてしまった。とはいえ、所詮は子供の言うことだ。今は確かに本気かもしれない。しかし、時が経てば名前も自分を好きだと言ったことなんて忘れるだろう。幼い時の恋心などそんなものだ。五条はそんな風に軽く考えていた。

「私に聞きたいことがあるんだったな。
 すぐ行くから、先に名前は部屋に行ってな」
「うん、わかった。
 硝子ちゃんの部屋で待ってるね」

 後で聞きたいことがあると言っていた名前の言葉を覚えていたらしい硝子は、名前に先に部屋に行けと促した。名前がいなくなると、硝子は横にいる五条に話しかける。

「五条ってさ、なんだかんだ名前には甘いよね」
「ああでも言わないと、話が終わらなそうだったから言っただけだよ」
「ふぅん?
 別に私はいいと思うよ。
 絶対名前には五条よりいい男がいると思うけど、名前本人がああ言ってるんだからな」
「……は?
 硝子、オマエまでなに言い出すんだよ」
「五条みたいに性格悪い奴には、案外名前みたいなのが合ってるんじゃない?
 たださすがに、手出すのは高校を卒業してからの方がいいな。
 同期が捕まるのはごめんだ」
「ちょっと待ってよ。
 なんで僕が満更でもないみたいになってんのさ。
 さっきも言ったけど、僕そういう趣味マジで無いよ」

 以前夏油が言っていたことと似たようなことを硝子まで言い出したので、五条は辟易してしまった。名前とどうにかなる可能性などない。五条は改めて否定したが、硝子はそれでもなお、持論を曲げることはなかった。
 
「知ってるよ。当たり前だろ?
 ただ、私が男だったら、ああいう子に一途に思われたらやべぇなって時々思うから。
 今は無くても、五条もその内絆されるんじゃないかっていう話だよ」
「まぁ正直、可愛いとは思うよ。
 最近になってようやく、周りがアイツを可愛がる理由が僕もわかってきた。
 だけど成長したとしても、アイツを女として見るとか考えられないよ。名前はそういうんじゃない。
 なんていうの、ゆるふわ癒しキャラっていうかそういう感じでさ」
「いつまでそうやって言ってられるか見物だよ。
 気付いてるか?
 付き合ってる女と電話してる時より、名前といる時の方がよっぽどお前は柔らかい表情をしているぞ」
「そりゃ僕だって、子供には優しくするさ。
 それをそんな風に言われちゃ困るんだけど」

 最後にそう言うと、五条の返答もろくに聞かず硝子は去る。
 一人取り残された五条は、硝子に言われたことを少し考えてみた。しかしいくら考えても、五条には硝子の言っている意味がやはり一つとしてわからなかった。
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