花は手折らぬ | ナノ

03祝福


※未成年の飲酒シーンがありますが、これを推奨するものではありません。





[2005年12月7日 高専内学生寮(五条16歳/名前8歳)]



 夏油と共に五条が任務から帰還し寮に帰ると、そこにいつもいるはずの人物がいなかった。夜蛾か夏油あたりから任務のことを聞いているのか、今までに名前が五条の出迎えを欠かしたことはない。その事から五条は名前がいないことにはすぐ気付いたが、名前が不在の理由については特に深く考えなかった。ただ、ふーん今日はいないんだと少し珍しく思っただけだ。

「悟、少し見てほしいものがあるから私の部屋に寄ってくれないか」
「いーけどなに?
 いいズリネタでも見つかった?」
「……今はいいよ。
 けど、そういうことは名前の前で絶対言わないようにね」

 一年前まで、数百年ぶりに六眼を持って生まれた無下限呪術の使い手である五条の誕生日は毎年五条家で盛大に祝われていた。今年だって、五条家から誕生日には帰ってくるようにと五条は何度も言われてはいたのだ。だから、今日が自分の誕生日であることを五条は別に忘れていたわけではない。しかし、五条が夏油の突然の誘いに疑問を持ったり、夏油が自分のために何か企てていると考えたりすることはなかった。
 生まれた時から特別な存在であった五条は、高専に入学するまで、学校と名がつくものに通ったことがない。故に、友人に誕生日パーティーを開催される機会があることを五条は知らなかったのだ。

 加えて、夏油はもちろん、硝子とも五条は自分の誕生日の話をしたことはなかった。歌姫や硝子は女生徒同士で、誕生日を教えあい互いにプレゼントを贈りあっているのかもしれない。しかし、男子高生ともなればそんな可愛らしいことは得てしてしないものだ。
 そういう訳で、まさか夏油と硝子が自分のために祝いの席を設けているとは、五条は思ってもいなかったのである。

「悪いけど、ドアは悟が開けてくれないかな」
「? なんでだよ」
「いいから」

 この時初めて、五条は夏油の行動を少々怪しいと思ったが、夏油のいう事に五条は素直に従った。敵意は感じられなかったし、なんかあれば術式発動すりゃオーケーでしょ、と思ったのだ。

「五条、誕生日おめでと」
「誕生日おめでとう、悟」
「──は? なにこれ」

 ドアを開けた瞬間に、パーンという子気味良い音が響く。それと同時に、硝子が持っていたクラッカーに詰まっていたカラフルなテープが五条に向かって飛び出した。
 五条は目の前の光景が何を意味するかなんとなくわかってはいたが、それでも訳が分からず目をパチパチとさせた。
 いつもは綺麗に片づけられている夏油の部屋は、夜蛾が好きそうなかわいいキャラクターものでパーティー仕様に装飾されている。中央に置かれたテーブルには、ホールケーキと五条が好きそうな甘味類まで用意されていた。
 
「見てわからないかい。悟の誕生日パーティーだよ。
 12月7日、今日は悟の誕生日だろう?」
「……ふぅん。
 なに、気の利いたことしてくれんじゃん」
「予想はしてたけど、全く可愛げのねー反応だな」
「悟はこういうの初めてだと思うから、てっきり感動するかと思ったんだけどね」
「確かに感動したよ。
 こんなにちっちぇー規模の会があることに」
「おい。一介の高専生と御三家を一緒にするなよ」

 こんな時でも憎まれ口を叩く五条に夏油と硝子はあきれた。しかし、口角が自然に上がってしまっていることを見れば、五条がこの催しに喜んでいることは明らかだった。腐ってもお互い、三人しかいない同期だ。こんな時であっても五条は不遜な態度を崩さないが、そんな五条を仕方がないなと結局二人は許してしまうのだった。





 いつ持ち込んだのか、硝子はどこからか一升瓶を取り出して、夏油と酒盛りを始めた。先日、五条が下戸だということが判明したため、五条抜きで二人が楽しむのは致し方ない。しかし、そんな二人の姿は五条の目にはよく映らなかった。――コイツら、もしかして俺の誕生日にかこつけて飲みたいだけなんじゃねぇの。用意されたショートケーキを頬張りながら、五条はやれやれと思う。そこで、そういえば、とふと気になったことを五条は二人に尋ねた。

「てゆーか、よくオマエら俺の誕生日なんて知ってたね。
 話したことあったっけ?」
「急に名前が悟の誕生日はいつか知りたがってね。
 名前と一緒に夜蛾先生に聞いたら簡単に教えてくれたよ」
「個人情報がどーとか最近うるさくなり始めてなかった?
 生徒の個人情報ダダ漏れじゃん。こんなんでいーのかよ」
「『冬は寒くて苦手だけど、もし悟くんが生まれた季節なら大好きになっちゃうなぁ』って笑った名前の可愛さに、名前を溺愛してる先生が勝てるわけねーだろ」

 夏油と硝子がその名前を口にしたことで、五条は同時に気にかかっていたことを思い出した。今やすっかり呪術高専に溶け込んでいて、普通に考えればこの場にいるであろう名前がいない。

「なあ、そういえば名前は?
 こういう時、真っ先に寄ってきそうじゃん。
 いつもの出迎えもねぇし、もしかして今いねぇの?」
  
 この会が始まってからというもの、五条が感じていた小さな違和感。五条はその正体が何なのか、たった今わかった。
 五条の誕生日と聞けば、一番に飛んできそうな名前だ。いつもそれほど構っていないとはいえ、その名前がこの場にいないことが変だったのだ。

「いや、名前は寮にいるよ。
 たぶん今も部屋にいるんじゃないかな」
「夏油も私も気にしないで来ればいいって誘ったんだけどさ、名前本人に頑なに行かないって断られちゃあね」
「……はぁ?
 名前のやつ、あんなにいつも尻尾振っといて、この俺を祝いたくねーってか」
「悟、それは違うよ。
 なんなら名前が一番、会場の用意を頑張っていたんだ」
「この飾り付けだって、張り切る名前を見た先生が協力した結果だしね」
「硝子と傑にしちゃファンシーだなって思ってたけど、そーいうわけね。
 で、用意だけしてなんで来ねぇの?」

 会場となった夏油の部屋の飾り付けのセンスにはどこか見覚えがあるとは感じていたが、夏油と硝子の話を聞き、なるほどそういうことかと五条は納得した。
 でもまだ気になっていた答えは聞けていない。五条は更に質問を重ねた。名前がここに来ない理由を知っている夏油は、眉を下げ五条に答える。
 
「名前は『悟くん、誕生日は傑くんと硝子ちゃんだけに祝われたいと思う。だから私はいない方がいいの』なんて言うんだよ。
 あの子のことだから、悟の誕生日を祝いたい気持ちはあるだろうに、悟はそれを喜ばないって思って遠慮しているんだね」
「ほんと、名前は五条のこと健気に想ってるよ。
 何度私が『五条はクズだからやめときな』って言っても聞きゃしないんだから」
 
 誰に言うでもなく「ったく。ガキはガキらしくしてりゃいーのに」と五条は呆れた様子で呟いた。五条にしては小さく吐き出された言葉は、夏油と硝子の耳には届かなかった。だから「ちょっと行ってくる」と言って突如立ち上がった五条に二人は少し驚きはしたが、特に気にはしなかった。夏油も硝子も、まさか五条が名前を呼びに行くなんて行動をとるとは思っていなかったのだ。しかし、そのまさかの行動を五条はとっていた。


「入るよ」
「悟くん……?
 どうしたの?」

 一応、一声かけてはいる。しかし、声をかけた後に間髪入れずドアを開けて無遠慮にズカズカ部屋に入っては、声をかけた意味は無いに等しいだろう。突然現れた五条に、名前はきょとんとしている。
 ベッドの上に座り名前は本を読んでいたが、五条が入ってきた瞬間にその本を閉じた。五条は名前の隣の位置に腰をおろすと、いつものように五条を一心に見つめる名前に問いかけた。

「あのさぁ。オマエ、俺になんか言うことねぇの?
 今日がなんの日か、知らねぇ訳じゃないんでしょ」
「悟くんの誕生日……」
「ちゃんとわかってんじゃん。
 ならなんで、名前は俺に“おめでとう”って言ってくれねぇの?」 

 言い方こそ刺々しくはあったが、サングラス越しに五条はしっかり名前の目を見て言っていたし、その声音は心なしかいつもより優しいものだったので、五条なりのわかりにくい優しさを名前も感じ取ることができた。しかしそれでも、今しがた聞いた五条の言葉に名前は戸惑いを隠せずにいた。

「だって……、せっかくの誕生日だよ。
 傑くんと硝子ちゃん、仲良し3人組でお祝いした方が悟くんも嬉しいでしょ?」
「俺がどうとかじゃなくて、名前は?」
「え?」
「名前が俺の事お祝いしたくないって言うなら別にいーよ」
「……」
「でも、そうじゃないんじゃねぇの。
 ガキんちょがなに遠慮なんかしてんの」

 五条の言わんとしていることは名前も理解している。だが名前は子供ながら、そんなことがあっていいのだろうかと躊躇う気持ちを簡単に捨てることが出来なかった。五条のことを思うからこそ、ここはやはり断った方がいいのではと考えたのだ。

「で、でも」
「ごちゃごちゃ言わない。俺がいいって言ってんだから別にいいんだよ」
「悟くん……」
「あんなカワイイ飾り付けの中、俺ら三人だけじゃ絵面きちぃの。一人くらい、オマエみたいなのがいないとね。
 ほら、早く来て」

 名前が言うことをきくという確信が五条にはあったため、座っていたベッドから立ち上がり、五条は名前を待たずに歩き出した。それでも、既に部屋をあとにした五条に追いつこうと駈けてくる小さな足音が聞こえてくると、五条は柄にもなく胸を撫で下ろした。

「……俺はついて来てって言っただけで、抱きつけとは言ってねぇんだけど」
「悟くん、好き。大好き」
「あー、はいはい。わかったから」

 走ってきた勢いのまま名前が五条に抱きつくとは、五条も予想していなかった。しかし、多少驚きはしたものの、8歳の女児に後ろから抱きつかれたくらいで五条はよろけない。また、嬉しさのあまり名前が口にした言葉も、いやとっくに知ってるしと五条はさして気にしなかった。

 これが名前が五条にした初めての告白だった。しかし、当の五条からしたら告白されたとも思っていなかった。だから当然、どういう意味で名前が五条を好きと言ったのかなんて考えることも無かった。
 この時、五条が名前の好意をどのように捉えたか――。あえていうのであれば、兄を慕うのに近いのだろう、五条の意識の中では名前の好意はその程度の認識だった。

「悟くん、ちょっと待って。
「ん、なに?」
「少しだけど、プレゼントがあるの。
 本当は明日渡そうと思ってたんだけど……」

 歩を進めようとする五条を名前は呼び止めた。8歳がなにくれんだかと思ったが、五条は大人しく、名前が戻ってくるのを寮の廊下で待っていた。
 五条へのプレゼントを大事そうに抱え、名前はすぐに戻ってきた。

「……なにこれ。花?
 なんかめっちゃ椿に似てんね」
「うん。冬だからあんまりお花なかったけど、これは咲いてたの。
 悟くんはとっても綺麗だから。絶対、お花が似合うと思って」 

 五条に名前が差し出したのは、ピンクと白の椿に似た花が生けられたグラスだった。(後にこの花がサザンカであると五条は知った。)夏油が名前を高専の周りに広がる野山に連れに行っているのは五条も知っている。きっとその時にでも採ったのだろう。
 天賦の才能だけでなく、類稀なる美貌さえ持って生まれた五条だ。綺麗というのは、幼少期から聞き慣れていた褒め言葉であった。しかし少なくとも面と向かっては、花が似合うと言われたことはない。だから、男が花が似合うとか言われて嬉しがるかよと五条は思い、それを口にしようとした。

「名前、オマエね……」
「なぁに?」
「いや、なんでもねーわ。……ありがと」

 だが、心から嬉しそうに自分に笑いかける名前を見て、言わんとしていたことを五条は飲み込んだ。そして、大人しく花を受け取ったのだった。

「やっぱり悟くん、お花がすごく似合うね」
「まぁ、俺イケメンだからね」
「――誕生日おめでとう、悟くん。
 悟くんが生まれてきてくれて、私を助けてくれて、今も一緒にいられて、私すっごく幸せ。
 私にとって、12月7日は一年で一番特別な日になったよ」
「それは大袈裟すぎじゃねぇ? ほんとに思ってんの、そんなこと」
「悟くんのことで、嘘なんかつかないもん」
「そ」

 無邪気に名前が五条を祝っている時、五条自身は自覚していなかったが、五条の顔には薄く笑みが浮かべられていた。




「ようやく悟も、名前の可愛さが少しはわかったかな?」
「五条に花なんてって思ったけど、無駄にツラだけはいいから、絵になるのがなんかムカつくな」
「私としては少しさみしいよ。
 悟が構うようになったら、名前は悟にべったりになるだろうからね」
「名前はもはや高専のマスコットだぞ。名前がよくても周りはどうだろうな。
 歌姫先輩とか超荒れそう」

 なかなか戻って来ない五条のことが何となく気になった夏油と硝子は、五条を探しに来ていた。二人は連れ立って歩く五条と名前を発見すると、思わず柱の陰に隠れた。そしてそのまま、事の顛末を見届けてしまったのだった。
 五条が名前を連れてくるなんて、なにかの見間違いかと最初二人は目を擦りさえした。だが、たった今二人が目撃したのは紛れもなく現実のものであった。その証拠に翌日、夏油は五条の自室にサザンカの花を見つけることが出来た。
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