花は手折らぬ | ナノ

016皮肉


※硝子視点


[2016年12月(五条27歳/名前19歳)]



 五条が連れてきたときには、既に名前は手遅れな状態だった。
 意識障害の中でも最も重度とされる昏睡状態に陥っている場合、それを治すとなると、治癒っていうよりも蘇生に近い領域だ。だから私に出来ることは、その時点であまり残されていなかった。でも、名前を抱き抱えた五条があんまり酷い顔をしていたから、そのまま何もしないわけにはいかなかった。まさかあの五条に、あんな縋るような目で見られるなんてね。
 私が術式を行使した効果が少しでもあったのか、あるいは飲んだ毒の量が死に至らしめるレベルには到達していなかったのか、どちらにせよ、名前はなんとか一命だけはとりとめた。だが言葉通り、命だけは助かったという意味だ。気休め程度にしかならないだろうが、私も名前に毎日反転術式を施してはいる。でも、名前はあれからずっと目を覚まさない。この先いつ目を覚ますかもわからない。もしかしたら、このまま目を覚まさない可能性の方が大きいかもしれない。

 特急呪術師な上に、五条は高専で教鞭もとっているから多忙を極めてるだろう。だが任務でどうしても留守にしなきゃいけない時以外は、名前がいつ起きるかわからないからと言って、高専内の病室のベッドで眠り続ける名前に五条はつきっきりだった。五条が名前の手を握って、何も答えない名前に話し掛けているのを私は度々目にした。
 きっと今もそうしていたんだろうな。名前のベッドの傍らの椅子に腰掛けている五条は眠っていたが、寝ている間も五条の手は名前の手と繋がれていた。

「あれ……、硝子。僕寝てた?」

 私が近づいたことに気付いたのか、五条が目を開ける。
 五条は学生時代から基本的に目元を隠しているから、頼みでもしない限り、その希少な瞳を直接見れる機会は少ない。だがいつもなら巻かれている包帯を、名前の前では五条は外していた。

「あのな、お前まで倒れたら元も子もないだろう。
 ちゃんと寝てるのか?」
「大丈夫だよ。
 僕、もともとあんまり寝なくても平気だし」
「名前だって、五条が倒れたら心配するぞ」
「確かにアイツは心配してくれるんだろうね。
 今名前がこうなってるのが、どう考えたって僕のせいでもさ」
「……五条のせいではないだろ」
「僕が殺した呪詛師の恋人が名前を狙ったんだよ。
 僕のせいじゃなかったら一体なんなわけ?」

 五条の口調はいつもと変わらない軽い調子だった。こんな性格だから表では気にしちゃいない素振りをしているが、あれから五条は少し痩せた。名前がこうなってしまったことが実際、五条には相当キているんだろう。

 名前のスマートフォンで作動していたGPSの履歴をもとに調査が行われ、判明した犯人は意外な人物だった。名前に毒を飲ませたのは、五条がその昔殺したという呪詛師の恋人の男で、非術師のただの一般人だ。どうやら、かなり入念な準備のもとにソイツの計画は実行されたらしい。
 いくら非術師とはいえ、不用意に近づいてくる奴から、名前だってほいほいと飲食物を受け取るわけがない。五条にその辺りよく言われているだろうからね。それでも名前がソイツを信用してしまったのは、ソイツが自分の命を捨てることを含めて、計画を立てたからだった。
 聞くところによると、ソイツは五条が名前を運んできた同日に死んでいたという。これは私の推測だが、名前に出した毒入りの何かを、名前の警戒心を解くためにソイツも口にしたんだろう。自らの命を犠牲にしてでも、恋人を殺した五条に一矢を報いたかったんだろうな。名前を選ぶ当たり、敵ながら目の付け所はいい。ソイツも五条が許せない一心で、多分必死だったんだろう。

「なんで、名前だったのかな」
「それはお前が、」
「硝子に聞きたいんだけどさ、赤の他人の目から見ても、僕って名前を愛してるように見えんの?
 そんなに僕ってわかりやすい?」
「……なんだ。ようやくわかったのか」
「参ったよ。
 いつからなのかな──。
 前はそんなこと無かったのに今じゃ、とんだ勘違いだって言えないんだから。
 ずっと、ありえないって思ってたんだけどね」

 名前が五条の前からいなくなるかもしれなくなって初めて、五条は自分の本心がわかったらしかった。
 周りから見たら、五条にとって名前が特別だっていうのはわかりきったことだった。長いこと五条本人にはその自覚は無かったみたいだが。
 皮肉なもんだな。それこそこんな機会でもない限り、五条は名前への気持ちに永遠に気付かなかったかもしれないなんて。

「この場合、名前は完全に被害者だよね。
 僕に愛されてるっていうそれだけの理由で、命なんて狙われたんだからさ。
 でも、もしこのまま名前が目を覚まさなかったり、死んだりなんかしたら──、名前は全然悪くないのに、僕は名前を一生許せないよ。
 だってこんなに惚れさせておいて、僕を一人にするんだから。
 ほんと、酷い女だよね」
「……」
「まぁもしそんなことになったら一番酷いのは、好きな女一人守れないで、みすみす死なせた僕なんだけどさ」

 口元には薄く笑みが浮かんでいたが、そう言った五条は痛々しくて見ていられなかった。そんな五条に、私は何を言ってやればいいのかわからなかった。名前は死なないなんて希望的観測を言ったところで、何にもならないのがわかっていたからだ。五条もそれは充分理解しているんだろう。名前といる時に五条が目元を覆わないのは、いつ名前をその瞳に映せなくなってもおかしくないからだ。眠っている名前を見る五条の瞳は、いつも悲愴な色をしている。

 五条は端から見たら、何でも持ってるように見えるだろう。性格は置いておくにしても、アイツが持ってるのはなにも呪術界最強という称号だけじゃない。まず、特級だから金は持ってるだろ。五条がクズってことを知ってる私はごめんだが、性格を知らない大抵の女が騙されるほど見た目もいいしな。おまけにアイツは五条家の当主だ。創造主ってやつを私は信じちゃいないけど、もしそういうのが人間を作ってるんだとしたら、五条は多分ソイツの最高傑作の部類なんじゃないか。
 でも、殆どすべてを与えらえたことの代償に、大事のものがその手から零れてく呪いでも五条にはかかってるのかと思ってしまう。だって夏油に続いて、名前まで五条のもとからいなくなったら、五条はどうすればいいんだ。
| back |
top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -