花は手折らぬ | ナノ

015不慮


[2016年11月(五条26歳/名前19歳)]



「話題の新作出てたから借りてきちゃったよ。
 なんか定期的に見たくなるんだよね。
 オマエもホラーは好きだったでしょ」
「好きじゃないし、見たくならないよ……!」
「えぇ。そうだっけ?
 そっか。名前は今回は見ないんだ。
 それじゃあ僕一人で見るしかないかな」
「うっ。
 見るよ……。悟くんが見るなら」
「そう来なくちゃ。
 ほら。やっぱオマエもホラー好きじゃん」

 名前はホラー映画が苦手だ。
 その事実が判明した時に、ホラー映画に出てくる恐怖映像よりよっぽどグロい呪霊が見えるのに、フィクションなんか怖いの?と僕が笑ったら、それとこれとは別問題だと主張されたっけ。
 でも僕が誘うと、名前は苦手なホラー映画でも最後まで鑑賞する。超怖がりながらだけどね。未だに寂しがり屋な名前は、そうまでしてでも、少しでも長く僕と一緒にいたいみたい。
 ホラー映画を見た後にお風呂に入るのはどうしても嫌だと名前が言うから、いつもより早めの時間に名前が風呂を済ませるのを待つ。さっき漸く髪を乾かし終えた名前が僕の隣に腰を降ろした後、借りてきた映画のDVDを今日も再生した。

 映画を見てる時の名前は面白い。
 もちろん映画もしっかり見るけど、僕がホラー映画をこうして時々借りるようになったのは、名前のリアクションを見るためっていうのが大きいかもしれない。
 僕に"見る"と発言してしまったからには、映像そのものを丸っきり見ないっていう選択肢は名前の中には無いらしい。
 映画が始まってしばらくは、名前は何でもない所でいちいちビクビクしながらも、頑張ってテレビ画面を見続ける。でも不穏なシーンが流れ始めると、名前一人の努力にはどうしても限界が来ちゃうみたい。映画の中盤に差し掛かる頃にはいつの間にか、僕の服の裾を名前はいつも握りしめている。
 そうなると今度は、名前は僕にぴったりくっついたまま離れなくなる。
 ソファから立ち上がる僕のあとを必ず付いて回る名前につい意地悪したくなるのは、僕の性格じゃ仕方ないことだよね。名前の反応を楽しみたいがために、特に飲みたいと思ってない水をキッチンまで取りに行ったりとか、毎回理由をつけて僕は席を立つようにしている。
 前に僕がふざけて「トイレまで付いてくる気なのー? 名前ってば変態〜」なんて言ったら、すごい勢いで名前が首振ってたのには笑わされたなぁ。

 だけど、今日はいつもの名前とはどうも様子が違っていた。
 名前は映画を見続けようと必死だったけど、それは恐怖を感じていたからじゃない。ストーリーが段々とホラー映画っぽくなってきて、主人公が正体不明の恐怖に苛まれ始めても、名前はいつものように大きなリアクションをしていなかった。
 気になって見てみると、名前は眠気と必死に戦っていた。うつらうつらして今にも瞼がくっついてしまいそうな名前は、多分疲れてるんだろう。僕との約束を律儀に守ろうしてるのかな。眠そうな目を擦りながらも、名前は何度も画面に向き合おうとしていた。

「眠い?」
「ううん……、大丈夫」
「大丈夫じゃないでしょ。
 全然見てないじゃん。
 今日はもうやめにしようか」
「ごめんなさい。
 さっきまでは眠くなかったのに、なんだか急に眠くなっちゃったの……」 
「少し早いけど、もう寝ちゃいなよ。
 映画はまた今度にすればいいからさ」
「うん……」

 返事の割に、いつまでもソファから動こうとしない名前に苦笑した。僕がリモコンのボタンを押して映画の再生を止めても、名前は未だに眠気を振り払おうとしている。

「無理して起きてなくていいよ。
 鏡の前に立つの怖いとか言って、さっき歯磨きもしてたじゃん。
 そのまま寝れちゃうんだからさ、ちゃんとベッド行きなよ」
「だってせっかく悟くんがいるのに、こんな早い時間に寝るのもったいなくて」
「まーたオマエはそういうこと言って。
 しょうがないな。
 なら僕が膝枕でもしてあげようか」
「やったぁ。うれしい」

 半分冗談で言った僕の提案に素直に甘えてきた名前に、僕の方がちょっと驚いてしまった。素直なところは昔から変わらない名前の長所だけど、こういう時は照れる名前を僕がからかうってのが定石なのに。
 名前の反応を意外に思いながらも、膝に乗せられた名前の頭を僕が撫でてやると、もともと緩み切っていた名前の表情が更に緩んだ。

「悔しいな」
「えぇ。なにが?」
「眠くなかったら、悟くんの顔をこれでもかってくらい堪能するのに」
「まぁ確かに、僕が名前に膝枕してあげるなんてこれが最初で最後かもね」
「そうだよね。
 こんなレアなチャンス、滅多にないのに……。
 なんでこんなに眠いんだろ? 昨日早く寝たのになぁ。
 明日二限からだけど、起きれるか心配……」
「疲れてんじゃない?
 いいよ。オマエが起きて来なかったら、ちゃんと起こしてあげるから」
「ふふ。悟くん優しいね」
「――僕が優しいなんて言うのは、名前くらいなもんだよ」

 名前は僕のことをよく優しいと言うけれど、本人に伝えたとおり、僕が優しいなんて言うのは名前以外にいない。実際、僕は優しくないしね。
 いつもなら名前の言葉を否定すると、「悟くんは優しいよ」って頑なに名前は言い張る。今はさすがにそんな元気が無いみたいで、僕に向かって小さく微笑むだけに名前の行動は留まってはいたけど。
 眠いのを我慢して、名前は出来る限り僕と話を続けようとしていた。でも僕が頭を撫でているのも手伝ってか、最終的に名前は眠気に抗うのを諦めた。さっきから目を閉じないように努力していた名前の目が完全に閉じられたのを確認して、僕は名前をベッドに運んだ。

「悟くんと一緒にいられて幸せだなぁ。
 幸せすぎて恐いくらい」
「いきなりどうしたの。
 膝枕くらいでそれは大袈裟すぎでしょ」
「大袈裟じゃないもん。
 悟くんは……」
「はいはい、わかったから。
 いい子だからオマエはもう寝なさい。
 おやすみー」
「おやすみなさい……」

 あんまり眠そうだったし、名前が言いかけた言葉を僕は遮った。まぁ話の流れからするに、名前のことだから、いつもみたいに僕を褒めようとでもしてたんじゃないかな。
 おやすみと僕に言うと、名前はすぐに深い眠りに落ちた。そうして名前が寝た後、その寝顔を僕はなぜかしばらく見つめていた。






 名前の不安はどうやら的中したらしい。
 そろそろ起きなきゃいけないだろう時間になっても、名前が起きてくる気配は一向に無かった。約束通り起こしてやろうと、僕は名前の部屋に向かう。
 名前はあんまり寝起きが良い方じゃないから、僕が任務がない時は起こしてやることもあった。だから僕は、昨日の名前の様子をおかしいとは思っていなかった。
 
「もうそろそろ起きなきゃやばいよー?
 二度寝できる時間とっくに過ぎてるからね」

「いい加減寝たフリやめろってば。
 昨日はゆっくり眠れたはずでしょ。
 まだ寝足りないの?
 おーい、寝坊助の名前ちゃん?」

 何度僕が呼び掛けても、名前は何の反応も返さなかった。
 そこでようやく、僕は一つの可能性に思い当たった。

「──名前?」

 しんと静まり返る部屋の中で、僕の心臓の音だけがやけに煩い。僕はおそらく判断を誤った。昨日、名前の身に何か異変が起こってた? そして、それに僕は気付かなかった?
 嫌な予感はほぼ確信に近かった。けれどこの期に及んで、僕は自分の予想が外れることを願っていた。そうだよ、きっと僕の勘違いだ。なんてことない顔でどうしたのなんて言って、名前は起きるに決まってるんだから。


 神様なんて信じてない僕の願いが叶えられるなんて、都合のいいことは起きなかった。肩を揺すっても何をしても、名前が目を覚ますことはなかった。そればかりか、触れて確かめた名前の肌は信じられない程冷たかった。原因はわからないけど、名前は重度の意識障害を起こしていた。

 それからの僕が果たして冷静な判断ができていたのかは、正直言って自信がない。微かだけど、名前にまだ脈はあった。けどこのまま放っておいたら、それもすぐに消えてしまうかもしれない。


 どうやって来たか覚えてないけど、気付いたら僕は高専にいた。

「名前が全然起きないんだよ。
 身体もすごい冷たくなってて──。
 硝子、オマエなら治せるだろ?
 名前を助けてやってよ……。頼むよ」

 反転術式は万能じゃないし、その範囲は術士の力量に左右される部分が多い。
 硝子は優秀な術士だ。でも、こうなってしまった名前に対して、硝子の反転術式が機能しないことぐらい僕もわかっていた。わかっていても、他人に反転術式が使えない僕は、硝子に頼るしかなかった。
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