花は手折らぬ | ナノ

013不覚


[2015年11月(五条25歳/名前18歳)]



 起きた時から何となく頭が痛くて、これちょっとマズいんじゃない?とは思ってた。名前に朝、「悟くん、なんか調子悪そう。大丈夫?」ってすごい心配そうな顔で言われちゃったくらいだし。
 けどまぁ少しくらいの体調不良があっても、一級呪霊くらい問題ないでしょなんて軽く考えてたけど、僕は自分の体調の悪さをかなり甘く見ていたらしい。
 こういう時に限って、祓った呪霊が今まで見た中でもトップレベルにグロいなんてことある? らしくないことなんてするもんじゃないな。ていうか体調悪いのに、伊地知に文句も言わずになんだかんだでちゃんと任務をこなすとか、あれ、僕って超偉くない? まぁ、頭痛のせいで伊地知に構う気力すら無かったっていうのもあるんだけど。だから今日は早く帰って休むつもりだったのに。

「男に看病されても、全っ然嬉しくないんだけど」
「スミマセン……ッ、スミマセン!
 でも、余りに五条さんがお辛そうなので。
 ここはしっかり休まれた方がいいんじゃないかと」
「大丈夫、僕最強だから。
 だから、休むんなら僕んちのベッドで休みたい。てことで帰ろ」
「いくら五条さんが最強とはいえ、五条さんだって人間なんですから。
 熱がある時は無理したら駄目です」

 僕は滅多に風邪を引かない。けれどそのせいか、数年に一回風邪を引く時は、なぜか大抵高熱が出る。
 足元も覚束ない僕を連れて、伊地知は新幹線には乗れないんだってさ。
 何度僕が帰るって言っても、伊地知は首を縦に振らなかった。いやー、まさか、伊地知にベッドに押し込められる日が来るなんて思わなかった。伊地知のくせに生意気だよ。
 でも伊地知の勢いに圧されて、チェックアウトしたホテルに戻ってきて良かったのかもしれない。だって、なんかもう全身ダルくなってきた。布団かけて寝てるのに寒気もするし。あれ。これもしかしたら、結構やばいのかな。

「どうせ持ってきてる仕事あるんでしょ?
 僕のことはいいから。自分の部屋戻りなよ」
「ですが……」
「帰るのは諦めるよ。
 伊地知がうるさいから、しょうがいないから寝ててあげる。
 ほら、行った行った」
「でしたらせめて、何か胃に入れて、薬を飲んでから寝た方が」
「無理。今、僕食欲無い。
 あとで食べるから、適当に置いといてよ」
「……わかりました。
 ここにお粥と市販薬、置いておきますね。
 お粥を温めたかったり、何かあったら、すぐに連絡してください」
「はいはい」

 伊地知が申し訳なさそうに部屋から出て行った後、することも無いし、あったとしてもこんな状態じゃろくに出来ないから、宣言通りに目を瞑って睡眠をとった。なかなか寝付けなかったけど、それでも数時間は眠ることができた。
 熱のせいで眠りが浅かったのか、その数時間の間に、僕は昔の夢を見ていた。名前と暮らし始めてすぐくらいの頃、僕が今みたいに熱を出した時の夢。
 さっきまで夢に出てきてたっていうのもあって、懐かしい記憶を僕ははっきりと思い出していた。
 あの時名前は、面白いくらいに動揺しまくってたっけ。僕の熱が一向に下がらないのを心配して、悟くん死なないで、なんて涙目で言われた時には、思わず笑っちゃったな。だけどオロオロしながら、案外名前はしっかり僕の看病をしてくれた。名前の献身的な看病のおかげか、確か一晩寝たらすぐ治ったんだんよね。
 


 眠りから覚めた時、部屋に誰かがいるのは分かってた。まだ覚醒しきっていない頭で、それは伊地知だとばかり僕は思ってた。だって伊地知以外ありえないし。気にしなくていいって言ったのに、伊地知は甲斐甲斐しく僕の世話を焼いてるらしかった。
 でも、薄目を開けてみて見えた腕は、伊地知の腕じゃなかった。
 なんで?
 僕の額に貼ってあった熱冷却シートを変えたのは、ここにいるはずのない名前だった。
 熱のせいで幻覚でも見ているんじゃないかと一瞬疑ったくらいには、目の前に名前がいるなんて信じられなかった。今何時で、ここどこだと思ってんの。23時過ぎてる上に、ここ京都だよ。

「悟くん……!
 身体辛くない? 大丈夫なの……?」 

 上体を起こした僕の傍に駆け寄ると、名前は心配そうな顔をして問いかけた。

「──なんでオマエがここにいんの?」
「潔高くんに、悟くんが体調悪いって電話で聞いたの。
 朝からちょっと変だと思ってたから、居てもたってもいられなくって」
「は?
 伊地知のやつ、名前になに言ったの」
「違うの!
 潔高くんには、明日の朝悟くんに電話してみてって言われただけだよ。
 それなのに、私が無理矢理ホテルの場所聞いたの。
 調べてみたらまだ新幹線があったし……、来ちゃった!」
「……信じらんない。
 オマエ、僕のことになるとフットワーク軽すぎでしょ」
「ごめんなさい。
 悟くんに学校通わせてもらってるのに……。
 明日遅刻しちゃうことになるから、怒ってる?」
「……怒ってないよ」

 来ちゃった!じゃないよ。天真爛漫に笑って見せた名前に、ついため息が出た。
 すると、僕が呆れているのを感じ取ったのか、名前は随分的外れなことを言って慌てて謝り出した。僕がそんなことで怒る訳ないじゃん。まぁ、なにやってんのとは思うけど。本当に、なんでオマエはこういうことしてくれちゃうかなぁ。
 
「潔高くんから悟くんは何も食べてないって聞いたから、悟くんが好きな苺のアイス買ってきたの。
 それくらいは食べれそう?」
「……うん、食べる」
「あとね、悟くんがストックしてる硝子ちゃんに貰った薬も持ってきたの。
 だからアイス食べたら、ちゃんと薬飲んで寝てね」

 名前はベッドの傍らに椅子を持ってくると、そこに座った。そしてさも当然のように、アイスをスプーンで一口掬って、僕の口元に持ってくる。特に疑問も持たず、僕もそれを受け入れて口を開けた。だけど二口三口と食べ進めると、名前は顔を赤くして下を向いてしまった。
 
「ごめん……、悟くん。
 アイスなんだけど、残りは自分で食べれそう?」
「食べれないよ。力入んないもん。
 なに、照れてんの?
 だとしたら今更すぎない?
 一口ちょーだいとかいつも言ってるじゃん」
「しょ、しょうがないよ……!
 熱のせいで、悟くんの色気がいつも以上に増し増しなんだもん」
「前に看病してくれた時は、そんなん言ってなかったでしょ。
 知らなかったなー。
 名前が僕のこと、そんなにエロい目で見るようになってただなんて」
「見てな……いとは、ちょっと言えないけど」
「ウケる。否定しないのかよ」

 僕がしれっとついた嘘をそのまま信じた名前に、結局最後の一口まで食べさせてもらった。
 基本的に僕のことを疑わない名前を騙すなんて、悪趣味なのかな。でも、意地悪したくなるのも仕方ないと思う。僕と目も合わせることもままならない程に照れている名前は、贔屓目無しでもすごい可愛かったから。こんなん、どうしたって嗜虐心くすぐられちゃうでしょ。

「ほんと、オマエは僕のことが好きだね。
 こんな遅くに東京から京都まで、普通看病しに来ないよ」
「えぇ? 別に普通だよ。
 悟くんのことを好きな気持ちだけは一番だもん。
 それだけは誰にも負けてない自信あるの」
「そう。
 ……でも、もし呪霊から助けたのが傑だったら、オマエは僕のことを好きになったのかな」

 一体なにを僕は口走っているんだろう。自分で自分の発言に驚いた。
 時折脳裏に浮かぶ仮定への結論は、いつも同じだった。名前を助けた時、もし傑と僕の立場が逆だったら――、きっと名前が好きになったのは、僕じゃなくて傑の方だった。
 だけど何でそんなもしもの話を名前にしたのか、自分でもよくわからなかった。熱のせいで、僕は今頭がおかしくなっているのかもしれない。
 
「え……?」
「ごめん。なんでもない」
「でも」
「マジでなんでもないから。
 気にしないで。
 きれいさっぱり忘れて。ね?」
「悟くんがそう言うなら、わかったけど……」

 僕は名前の顔をろくに見もしないで、自ら切り出した話題を一方的に終わらせた。だから名前がこの時、実際どんな表情をしていたのかはわからない。
 でもおそらく、突然変なことを言われた名前は困惑していただろう。そうに決まってる。言った張本人の僕だって訳が分からないんだから。





 名前が持ってきた硝子の薬が効いたのか、翌日の朝になると熱はすっかり下がった。
 そんなことしなくていいって何度も僕が言ったにも関わらず、名前は一晩中起きていて僕を見てたらしい。僕の体調が良くなって安心したのか、東京に戻る新幹線の中で、隣に座る名前はすやすやと眠っていた。

「名前ちゃん、彼氏なんて出来た日にはすごく尽くしそうですね」
 
 名前が寝ずの看病をしていたことを知らなかったら、こんなこと言わない。
 多分、伊地知も夜中に僕の様子を見に来たりなんかしたんだろう。まったく伊地知もお人好しだよね。いつも僕に散々振り回されてんのにさ。
 
「まぁそうだろーね。
 でも、名前に彼氏とか無理じゃない? だって名前が好きなのって僕だもん。
 名前がこの先僕以外の男を好きになるとか、正直、全然イメージ湧かないんだけど」
「えっ。
 そ、そうなんですか?
 五条さんのことを、名前ちゃんが?
 兄的な存在としてではなく、一人の異性として好きなんですか?」
「なんで僕が嘘つかなきゃならないんだよ。
 名前はもうずっと、僕のことが好きなんだってさ。
 だから昨日も遠路はるばる東京から来たんだよ。
 信じらんないなら、本人に直接聞いてみれば?」
「名前ちゃんが……、五条さんをずっと……」

 最初こそ伊地知は目を瞬かせたけど、思い当たる節があったのかすぐに納得した。
 名前が僕に惚れてるって知って、伊地知の眉間に寄った皺がどんどん深くなっていったのは笑った。まぁ、伊地知の気持ちもわかるよ。僕の性格を知ってる奴なら、よりによってそこ行っちゃう?って誰でも思うもんな。七海なんて昔、僕以上の男が世界にはどれだけいるかを熱弁してたし。七海必死の説得も名前は歯牙にもかけず、現在に至る訳だけど。

「でも、これからもずっとこれまでと同じ……という風にはいかないんじゃ」
「は?
 なにそれ。どういう意味?」
「い、いえ。別に、なんでもありません」
「言いかけられたら気になっちゃうじゃん。
 最後まで言えって」
「確認しますが、五条さんは、名前ちゃんと付き合う気はこれからも無いんですよね?」
「うん。無いね。
 名前はそういうんじゃないから」
「だったら名前ちゃんだって、いつかは五条さんを諦めなきゃいけない時が来るんじゃないですか?
 終わりの見えない片想いって辛いと思いますし。
 あと、名前ちゃんの場合、周りもほっとかないでしょう。
 それに、幼い時からの恋心って、憧れを勘違いしてる場合も多いとよく聞きますし……」
「ふぅん。
 ソースは?」
「え?」
「憧れを勘違いしてるってやつのソース」
「わ、私の好きな小説とかですかね……」
「伊地知の実体験に乏しい偏った知識で、名前のこと語らないでくれる?
 すっっっごい不愉快」
「お言葉ですが、五条さんが言えって……!」
「あ?」
「すみませんでした」

 僕だってわかってることを伊地知は言っただけなのに、なんだか無性に腹が立った。それでいて胸が変に苦しくて、聞き返したのを僕は後悔さえしていた。伊地知もさぁ、なんでもないなら最初から言うなよ。
 あー、昨日から、マジで僕はどうしちゃったんだろう。平熱に戻ってはいるけど、ひょっとするとまだ本調子じゃないのかな?
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