花は手折らぬ | ナノ

012矛盾


※前半五条、後半名前視点。


[2014年12月(五条25歳/名前17歳)]



 キリスト教の信者でない日本人にとって、クリスマスは本来、ただのなんでもない日だ。なのに他の国の宗教行事に乗っかって、ここまで浮かれられる日本人ってすごいよね。
 そう言っておきながらなんだけど、クリスマスは僕も嫌いじゃない。クリスマスが近づいてくると限定のケーキも沢山出るし、普段呪霊を相手にしてるからか、街がイルミネーションで彩られているのを見ると普通に気分が華やぐ。恋人がいる人の大多数はクリスマスを楽しみにするものだしね。あぁでもこの場合、僕がその大多数の内に入るのかは微妙だな。

 名前と暮らし始めてからというもの、僕はクリスマスを大体名前と過ごしていた。任務で不在にする時はそういう訳にもいかないから、高専で硝子に見てもらったりしたけど。
 過去四年間、クリスマスの時期に彼女がいた時も勿論あった。でも、クリスマスイブにどうしてもデートしたくなるような彼女だったかと聞かれれば、100パーセントそうだと答えられる自信は正直無い。それに僕が一言謝れば、お願いされた以上のプレゼントを僕がちゃんとあげてるからか、彼女はクリスマス当日に特にこだわらなかったし。
 任務がない時は自然と、名前といることを僕は選んでいた。先生が名前に淋しい思いはさせるなってうるさかったっていうのも、理由としてちょっとはあったのかもしれない。
 ずっとそうだったから、今年も例年と同じになるんだろうって、僕はなんとなく思ってた。

「クリスマスイブなんだけどさー、夕方には任務終わりそうなんだよね。
 だから豪華なケータリングとろうよ。
 ケーキはどこのにする?
 実は僕、ずっと気になってた店があるんだけどさ」
「そのことなんだけど……、今年は私のことは気にしなくていいよ」
「──なにそれ。どういう意味?」
「彼女と悟くんのこと、邪魔しないって言ったでしょ。
 クリスマスは彼女とデートするんじゃないの?」
「あぁ、別にオマエが気にする必要なんて無いよ。
 イブもクリスマスも今年は両方平日なんだから、向こうもそんなに乗り気じゃないだろうし」
「こうして悟くんが一緒にいてくれるだけで、充分すぎるのに……、私が我儘だったから、今まで彼女優先にしてって言えなくてごめんね。
 でも、私は大丈夫だから」
「だけどオマエを一人にしたら、僕が先生に叱られるし」
「内緒にしてたけど、友達がクリパに誘ってくれたから、イブに一人って訳でもないの。
 悟くん、彼女悲しませちゃだめだと思うよ?
 イブに悟くんとデートしたくない女の人なんていないんだから」

 ある日、名前にクリスマスの過ごし方について尋ねると、返ってきた反応はこれまでとまるで違っていた。いつもだったら、いいの?なんて言いつつ、名前は無邪気に顔を輝かせて僕に注文をつけるのに。
 少し大人びた笑顔で、名前は僕に彼女とデートしてきていいよなんて言った。
 ここまで言われて、彼女とデートしないってのもおかしい。だけどもう12月も半分過ぎた。当然、彼女が好きそうなホテルは予約で一杯だろう。そう思ったのに、偶然キャンセルが出たとかで、部屋の予約はとれてしまった。でもまぁ、もしかしたら急に任務が入るかもしれない。彼女には、ギリギリまで確約は出来ないと言っておいた。
 けれど結局、僕は今こうしてホテルの最上階で、ディナーを彼女と共にしている。
 別に悪くは無かった。ホテルのディナーは美味しいし、窓から見える東京の夜景はそれなりに絶景だった。おまけに向かいに座る彼女は、誰が見ても綺麗だと言うような文句の付けようのない美人だしね。

「イブとクリスマスは仕事って、悟は前から言ってたのに。
 急に空くなんてどうしたの?」
「ん、今年はたまたまね」
「まさか会えるなんて思ってなかったから、ちょっと嬉しい」
「……僕もこうなるとは思ってなかったよ」

 傍から見たら、僕達はきっと幸せな恋人同士に見えているんだろうな。
 でも僕は、内心ずっとイライラしていた。名前のことがずっと頭の片隅で引っかかっていたからだ。名前は今日に至るまで、僕に対して態度を変えることはなかった。今朝だって、僕と別れる時に「楽しんできてね」と笑顔で言ってのけたくらいだ。
 そもそも、僕は名前の言い草が気に食わなかった。“彼女を悲しませちゃだめ”ってなんだよ。オマエは僕のことが好きなんじゃなかったわけ?
 もう名前も17なんだし、夜ご飯食べてそれで終わりじゃないことぐらいわかってるでしょ。それなのに好きな男を笑顔で送り出すってさぁ。マジで意味わかんない。一体どういう思考回路してるんだか。なんでよく分かんないとこで独占欲発揮するくせに、こういう時“行っちゃ嫌”ぐらいアイツは言わないんだろ。
 なんか考えたら余計ムカついてきたな。なんで最近僕はアイツのことばっかり考えてるんだ。やめやめ。僕らしくもない。次はお楽しみのデザートが来るんだし。
 でも、ちゃんと友達の家にいるかぐらいは一応確認しておこうかな。どこのお家にお邪魔するのかは聞いたけど、念の為ね。名前が僕に嘘つくなんてありえないけど、可能性は0じゃないし。
 当初の目的を達成した訳だから、ケーキ教室はもう辞めさせた。だから名前のことが好きっぽい小林とかいうクラスメイトの家に行ってたりは無い……と思うけど、万が一そうだったら僕どうするんだろう。

「…………は?」
「悟? どうしたの?」

 驚きがそのまま声に出てたらしい。スマホを見ながら突然声をあげた僕に、彼女は怪訝な顔をしている。
 名前が僕に嘘なんてつくはずないと思ってたけど、そのまさかだった。
 名前は僕に嘘をついていた。だけど友達のうちに泊まると言って、実際は男のうちに外泊とかそういう類の嘘じゃない。名前が今いるのは、僕のマンション。つまり自宅。
 最近はそうでもなかったから忘れてた。思えば昔は、僕に気を遣って変に遠慮する奴だったっけ。
 本人が気にしなくていいって言ってんだから、気にしないのが正解なんだろう。冷静に考えれば、イブに一人ホテルに置き去りにされる彼女の方が、多分名前よりもずっと可哀想だ。

「ごめん。
 仕事入っちゃった」
「……え?
 今から?」
「うん。僕行かないと」
「待ってよ、悟……!
 仕事ってなに?」
「悪いけど急ぐんだ。
 埋め合わせはするよ。
 もし君が僕とまだ会う気があるんなら、だけど」
「……わかったよ。
 でもデザートくらい食べてけば?」
「僕もう行くね」

 彼女の声が震えていたのにも気付いていたけれど、僕は構わず席を立った。
 皮肉だよね。名前が気を利かせることなんてしなきゃ、彼女はこんなにも悲しむことはなかっただろうに。







 悟くんが私を助けてくれた日から、私の世界はキラキラ輝き出した。
 好きという言葉を何回言っても足りないくらいに、私は悟くんが好きだ。綺麗で、強くて、実は優しい悟くん。
 いつから悟くんを好きだったかなんて覚えていないから、自分の恋心を自覚するのは早かったと思う。記憶の中の私は、背の高い悟くんをいつも見上げていた。
 
 幼いながらに抱いていた"悟くんと結婚したい"という願いは、今も変わっていない。
 でも、悟くんが私じゃない別の誰かを選んだら、それは仕方のないことなんだと、前の私なら受け入れられたのに。いつしか私は、そんな風には思えなくなっていた。悟くんと一緒にいればいるほど、大きくなっていく好きの気持ちは、留まることを知らなくて。気付いたら私は、ひどく欲張りになってしまっていた。

 悟くんが呪術高専を卒業する時に、悟くんと会えなくなることが悲しくて泣いた私に、悟くんはこれ以上ないくらいに素敵なプレゼントをくれた。その時は、悟くんが私と一緒にいてくれるなら、もう何もいらないと思った。なのに、なんで私はそれだけで満足出来なくなっちゃったんだろう。
 大好きな悟くんの傍にいれるだけで幸せなのに。悟くんを好きでいられるだけで、良かったはずなのに。どうしてもそれ以上を望まずにはいられない。悟くんの優しさが、私にだけ向けばいいのに。夢みたいに綺麗な悟くんの碧い瞳に映るのが、私だけならいいのに。それが叶わないなら、せめてもう他の誰にも悟くんを知って欲しくない。
 こんな私の気持ちは、悟くんを困らせるだけだとわかっている。この前、振られたようなものなのに。それでもまだ、私は悟くんのことを諦められない。

 大人の恋人同士にとって、クリスマスがどういうイベントなのかを理解していなかったわけじゃない。けれど、何も言わない悟くんにずっと甘えてしまっていた。当たり前のように悟くんが一緒にいてくれることが嬉しくて、与えられる幸せをただ受け取っていた。それで、悟くん自身の幸せについては考えないようにしていた。
 悟くんが彼女より私といることを選ぶのは、私に寂しい思いをさせないためだということもわかっている。子供扱いされるのは嫌なのに、こういう時は自分が子供で良かったと思うんだから、本当に私はどうしようもない。
 でも、これ以上私の独りよがりに悟くんを付き合わせてはだめだ。
 悟くんは私に、数え切れない程の幸せをくれる。だけど悲しいけれど、悟くんを幸せに出来るのは私じゃない。それは紛れもなく彼女の役目だ。
 私は悟くんに貰ってばかりだけど、私が悟くんにあげられているものなんて、きっと無い。ならせめて、悟くんの幸せの邪魔はしちゃいけないよね。

 だから悟くんに、友達の家に泊まるなんて嘘をついた。平気だと思った。だって、イブもクリスマスも平日だから。今日の夜さえやり過ごしてしまえば、明日は学校で友達に会える。意識さえしなければ、悟くんが任務で居ない夜と何も変わりない。
 でもどうしたって、何をしていても、悟くんと彼女が二人で過ごすイメージが頭の中に浮かんでしまう。
 悟くんが彼女だけを見つめて、その腕で優しく抱き締めたり、それ以上のことをしているのかもしれないと思うと、ナイフで抉れられたみたいに胸がずきずき痛んだ。
 今まで、悟くんに彼女がいる事実はわかっていても、いつ彼女とデートしてるとか、具体的なことは何もわからなかった。悟くんは彼女との予定を私には一切言わないから。それにかなり救われていたことが今わかった。もし悟くんがそういうのを私に隠さないで全部話していたなら、苦しすぎて今頃どうにかなっちゃってたかもしれない。

 誰かが傍にいれば、悟くんのことを頭の隅に追いやることができた。でも、学校から帰って来て一人になるとダメだった。気を紛らわせようとテレビをつけてみても、内容が右から左に流れていくだけ。気分を明るくしようと好きな音楽を聞いても、ずっしりと重たい心には何も響かない。
 何をしても手につかなくて、ぼんやりと過ごしていたら、気付けば、帰宅してから何時間も経っていた。時計を見ると、もう22時になろうとしている。
 食欲は湧きそうにないから、ご飯を食べるのはやめにするとしても、明日は学校だ。シャワーぐらいは浴びなきゃいけない。
 重たい腰を上げて立ち上がろうとした時だった。聞こえるはずのない音が聞こえた。これは、玄関のドアを開ける音。そんなはずない。悟くんが帰ってくる訳ない。多分、私の聞き間違いだ。そう思いながらも、私は慌てて玄関へと駆けていた。
 
「うわ。びっくりした。
 オマエすごい勢いで出てくんだもん。
 ただいま」
「…………なんで?」
「こら。違うでしょ。
 僕が帰ったんだよ。
 まずは言うべきことがあるよね?」
「お、おかえりなさい」
「そうそう。よく出来ました。
 ねぇ、さっきからなんで固まってんの?
 そんな幽霊か何かを見るような顔で見ないでよ」

 いるはずのない悟くんがそこにいた。
 走ってきた私を見て、悟くんは可笑しそうに笑う。それから、ちゃんとおかえりなさいが言えた私の頭を悟くんは撫でた。
 もしかして、彼女と喧嘩でもしたのかな? だったらこんなこと思っちゃいけないのに。どうしよう。今私、どうしていいか分からないくらい嬉しい。

「だ、だって……。
 デートはどうしたの?」
「あー、やめてきた。
 イブに一人ぼっちなんて、寂しんぼの名前が泣いてるんじゃないかと思ってさ」
「わ、私、泣いてないよ」
「秒でバレる嘘つくなよ。
 じゃあ目から零れてるそれは何なの?」
「これは……、悟くんが帰ってくるとは思わなかったから。
 びっくりしちゃって」

 掛けていたサングラスをとると、悟くんは私の涙を指で掬ってくれた。知らなかった。嬉しくても、涙って本当に出るんだ。
 泣いている私を見て、悟くんが目を細めて優しく笑うから、靴を脱いで部屋に上がった悟くんの背中に抱きつきたい衝動を堪えるのが大変だった。こういう行動は控えなくちゃいけない。悟くんの迷惑になるようなことはしないって、本人に宣言したんだから。

「彼女、絶対怒ってるよ……」
「えぇ。
 泣くほど嬉しいくせに、僕の彼女の心配?」
「大丈夫なの……?
 こんなことして振られちゃわないの?」
「んー。
 大丈夫か大丈夫じゃないかで言ったら、間違いなく大丈夫じゃないね。
 でもいいんだよ。オマエの方が大事だからさ」

 彼女について聞いてみても、悟くんは全然悲しそうじゃなかった。いつもの明るい調子でニコニコしている悟くんは、不機嫌にも見えない。本当に悟くんは、彼女のことを気にしてはいないみたい。

 ずるい。私が悟くんのことを好きって知ってるのに。知ってて、私が思わず期待してしまうようなことを悟くんは平然と言う。
 悟くんから大事だなんて言ってもらえるなんて、奇跡みたいなことだ。嬉しくない訳が無い。そんな言葉を貰えたら、ふわふわと夢見心地になってしまう。でも同時に、私の胸の奥には黒いもやもやが広がっていた。私の方が大事だって言うんなら、もう誰とも付き合わないで欲しい。……こんなこと、悟くん本人には言える訳がないけれど。
 悟くんにとって、私はよくて妹みたいな存在だ。私が悟くんに向ける気持ちと、悟くんが私に対して抱く気持ちの種類は違う。それを知っているから、私は何も言えなくなってしまう。
 
「全く。
 名前が気にする必要ないって、僕言ったよね?
 なんでオマエは昔から、変なとこで僕に気遣うのかな」
「悟くんには……、世界で一番幸せでいて欲しいの。
 なのに、悟くんの幸せを私が奪ってたら嫌だもん」
「──バカだな。
 そんなこと思ってたの?
 名前が僕の幸せを奪ってるだなんて、一度も思ったことないよ」

 そう言って、悟くんが柔らかく微笑むから、私はまた出てきそうになる涙をぐっと堪えた。
 
「でも、どうして……?
 私が嘘ついたって、なんでわかったの?」
「さぁ、どうしてかな。
 僕が魔法使いだからじゃない?」
「なに言ってるの?
 悟くんは呪術師でしょ」
「えぇ。そういう冷めた反応しちゃうんだ。
 魔法使いっていうのは、名前が昔僕に言ったんでしょ。忘れたの?」
「もちろん忘れてはいないけど……」
「こんな時間だから当然どこもやってなくてさ。
 コンビニのだけど、ケーキ買ってきた。
 一緒に食べる?」
「食べる……」

 悟くんは、どこまで私を夢中にさせたら気が済むんだろう。
 やっぱり私は、悟くんがどうしようもなく好きだ。

 私が昔、何気なく言ったことを覚えていてくれるなんて嬉しい。でも、悟くんにとってはこれも、大した意味は無いんだろうな。
 彼女とデートだったのに、私を気にして帰って来てくれるなんて嬉しい。でも、悟くんの“好き”が私と同じ“好き”じゃないなら、私が余計好きになっちゃうような行動を簡単にとらないで欲しい。
 矛盾する思いがぶつかって、私の情緒はぐちゃぐちゃだった。
 本当は、泣きたいのを我慢しないで、どうしたら悟くんの一番になれるのか聞きたい。でもそんなことをしたら、きっと悟くんは眉を下げて困った顔をする。せっかくの夜を台無しにしたくはない。
 だから、“美味しいね”と言って、悟くんが買ってきてくれたケーキを食べた。
 舌の上で溶けるクリームみたいに、この恋が甘さだけで出来ていたら良かったのにな。
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