アカデミー【修行】(2)


「ヒナ、立つんだ」


「はぁ、はぁ、はぁ…」


「そうだ。さぁ、来い!」



その日は家に帰ると父との修行に励んだ。

私が父にもっと強くなりたい、と真剣に頼んだ日から父の修行は厳しくなり、本気で向き合うようになった。
私の本気が、伝わったんだと思う。


数時間休憩もせず父との修行を続けていると、当然息も上がってくるわけで。



「夢幻眼!!」


そう叫ぶと深く被ったフードの隙間から見えるヒナの目の色が青から紫へと変わった。


「夢幻 夢十夜」


印を結び術を唱え、父の目を見つめる。
しかし父は目を瞑り、気配だけでヒナに近づき背中に回る。
まだ気配を完全に消しきれない彼女の位置を把握するのは、上忍の父にとっては容易な事だった。



「…何度言ったら分かる。相手が自分の手の内を知っているなら、その術は通用しない。血継限界にばかり頼っていたら、強くなれないぞ」



「…わかってるってば!」



「分かってないから言ってるんだ」



その言葉に火の付いたヒナは、今度は体術で挑む。
回し蹴りを与えるが、その足を素早く捕まれ身動きが取れなくなってしまった。



「さっきから動きが単調だぞ。もっと頭を使え」



そう言うと、ヒナをそっと地面に下した。


悔しい。

悔しい悔しい。

なんにも、変わってない。ダメ出しされるばかりで一歩も進めない。
父に触れる事さえできない。


黒い感情が、心の底からどんどん沸いてくる。



「…上忍のお父さんに、適うわけないよ!」


「甘えたことを言うんじゃない。お前が強くなりたいって言ったんだろ?」


「…っでも、全然…強く、なれない…」



何も成果が得られない悔しさと情けなさで、目が潤っていくのを感じた。
自分はまだアカデミー生で、上忍の父に適うわけないのは分かっているけど…

でも今日は、なぜだか冷静になれない。

頭で考えることができなかった。


そんな彼女の姿を見た父はやりすぎたと思ったのか、ヒナの前にしゃがみ込み、優しく頭を撫でた。



「ヒナ、悪かった。父さんも本気になりすぎた。お前が、あまりにも真剣に頼んでくるもんだから…つい嬉しくてな」



先程とは違い、優しい眼差しでヒナを見つめる。
しかしヒナはまだ納得がいってないようで、父から顔を背けた。
いつもは妙に大人びている彼女だが、こういうところはまだ子供だな、と父は思った。



「父さんも、ヒナには強くなってほしいと思ってる。それは、母さんや父さんを守ってほしいからじゃない。ヒナ自身を守ってほしいからだ」



そういうと父は、ヒナの手を引き立ち上がらせた。



「…戦場では、焦りは禁物だ。焦ってばかりだと、自分や仲間を死なせてしまう。お前にも、友達がいるだろ?」



ふと、サクラの事を思い出す。
そうだ、同じアカデミーに通うサクラもいずれは忍になる。
いざ任務へでたらそこはもう戦場。
ただのいじめでは済まされない。

自分の焦りが、仲間の、友達の死を導いてしまう。




「何をそんなに焦っている?」




私は、焦っていた。
早く強くなりたいと思うばかりで、空回りして。




「ま、ヒナにはちょっと早い話だったな」



父はもう一度ヒナの頭を撫でると
もうすぐ夕飯だからと言って、彼女の手を引き家の中へと入っていく。



「…お父さん、ごめんなさい」


「いいんだよ。焦らず、ゆっくり強くなればいい。お前はまだまだ子供だからな」



また一歩成長した娘を父は誇りに思った。
彼女のためならば、血反吐吐いてでも修行に付き合ってやる!と心に決めたのだった。




***




夕飯を食べ終わると、そのままベッドへ潜り込む。



「……今日も」



今日も助けることができなかった。
慰めることもできなかった。
あの子は、サクラを助けたのかな。


とても明るくて、芯がある。
私よりも強く思えた。



「私は、サクラにかける言葉すら見つからないのに」



ぎゅっと硬く拳を握りしめる。
悔しい。なにもできない自分が情けない。
それが、今日の修行に焦りとして出てしまっていた。



布団を頭まで被り、目を瞑る。




夢の中の主人公のようになりたい


そう思うようになった。



夢の中の主人公はとても勇敢で強く、彼女に敵などいない。
その芯の強さで、弟を守っていた。
弟もそんな姉を慕っているようにみえた。



「また、夢を見れますように」


そう願いを込めると静かに寝息を立てた。





***






…鬼の子。


…え?


お父さんとお母さんに聞いたの。あなた、鬼の子って呼ばれてるのね。


…………


怖いわ。もう私に、近づかないで。


ま、待って…


あなたと関わるなって、言われたの。


…そんな、


…さようなら
















「………ん…」


朝、目が覚めると違和感があった。


「あ、あれ…涙…?」


頬に触れると濡れている。
夢を見ながら泣いていたのだろうか。



…嫌な夢だった。
いつもは幸せな夢なのに。



誰かが、自分の元から去っていく夢だった。



「朝から嫌な気分だなぁ」



「ヒナー?まだ寝てるのー?早く起きなさーい!」


下から母の起こす声が聞こえると急いで支度を始めた。




「おはよう…」


「おはよう。母さん、今日は父さんと臨時で任務に行くことになったから夜までいないけど、一人で大丈夫?」


「うん。ご飯も自分で作るし、大丈夫だよ。気を付けてね!」



母は任務用の服を身に纏い、父と朝食を食べていた。
母の忍服を見るのは久しぶりな気がする。



「ヒナ、父さんと母さんがいなくてもちゃんと修行は続けるんだぞ」



「わかってるよー!いってきまーす!」


机に置いてあった食パンを頬張りながら玄関へ向かうと母が何か言っていたが、気にせずに外へ飛び出た。








「サクラ、おはよう」

「おはようヒナ。アカデミー行こー!」


サクラとの待ち合わせ場所に着くと、二人でアカデミーまで向かった。


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