アカデミー【修行】(1)


アカデミーに入学して一年が経った。


相変わらずおかしな夢を見続ける日々が続いたが、特に気にすることもなく平和な日々過ごしている。


夢は所々バラバラで、ただ物語のように幸せな日常を見せるだけだった。



私は7歳になり、それなりに忍の基礎を学んでいった。

父と柊一族に伝わる術の修行も続け、アカデミーでは良い成績も残せるほどに成長している。


サクラとの関係も順調で、私達は親友とも呼べる仲になった。

しかし、サクラは気の弱い性格で
度々クラスの女子からいじめに合うようになっていた。



「う…うぅ…ひっくっ…うっ…」


サクラの啜り泣く声が公園に響く。

蹲るサクラの後ろ姿を見つけると、息を切らしながら近づいた。


「サ、サクラ!大丈夫…?」


「うぅ…ヒナ?う、うん…平気だよ…」


全然平気なんかじゃないのに、強がって大丈夫だよ、と無理矢理笑いかける。


サクラがいじめにあっている事は知っていた。最初は私が必ず止めに入り、なんとか助ける事はできていた。


サクラを守るのは友達として当然の事。
彼女の、ヒーローになりたかった。


だけど、サクラとは違うクラスになってから私の目の届かない所で彼女のいじめは続いていた。

それを探し回り、泣いているサクラを慰める事しか出来ず、いつも煮え切らない思いだった。


親友失格…



そう言われても、おかしくない。



「サクラ…次は必ず、サクラを守るから…」


「うん…ありがとう、ヒナ。でも、私なら、大丈夫。だって、私がいけないんだから…」


サクラも私に迷惑を掛けられないと思っているのか、いつも必ず大丈夫、と言う。

おでこが広い事を馬鹿にされてからは、短かった前髪は額を隠すように長々と伸ばされていた。



かける言葉が見当たらない。


こういう時、どうしたらいいのか分からない。


でも、私にとってサクラは初めて出来た友達で、初めての親友。


私が、守ってあげたい。


もっと強くなって、サクラを守れる力が欲しい。


サクラはたった一人の親友なんだから。



***



「サクラ、一人で大丈夫?」


「うん、いつもごめんね…また明日、アカデミーで」


「……気をつけてね」


「じゃーねー!」


いつもの笑顔に戻り、別れ道でサクラを見送ると自分も帰路につく。


サクラは笑っていたけれど…
私は、本当に彼女を救えているのだろうか。


いつもそんな感情が、心の中で沸々と湧いてくる。


「サクラ…私、もっと強くなるから」


帰りの道を歩く足は重くて
暗い表情で家までの道を歩いていった。





「ただいま…」


「おかえりヒナ。……どうしたの?元気ないわね」


ヒナの落ち込んだ表情にすぐ気付いた母は、心配そうに顔を覗き込む。

何も言ってないのにすぐ分かるなんて、さすがは母だと思った。


「…また、助けられなかった。友達なのに、親友なのに…またサクラを泣かせちゃった」


悔しくて、それが悲しくて。
母の前では我慢ができず、目から涙が溢れてくる。

そんな私の頭を母はそっと撫でてくれた。


「あなたがそんなに落ち込むなんて、本当にサクラちゃんが大切なのね」


「うん…だって、大切な友達だもの」


「大丈夫。そんな事で、あなたを嫌うような子じゃないでしょ?助けてあげたいって気持ちが大事よ」


そっと抱き寄せられ、落ち着くまで優しく背中をさすってくれた。


母は偉大だ。
どんな悩みだって、その一言で私を勇気づけてくれる。




でももっと、

もっと強く。


サクラを、お母さんとお父さんを


守れる力が欲しい。



7歳という幼さながらも、みんなを守りたいという気持ちが誰よりも強く心にあった。


なぜ、守りたいと思うのか。


まだ守れるほど忍として強くなったわけでもないのに。


でも、もっと小さい頃から
ただそれだけを思って父との厳しい修行にも耐えてきた。


大切な人を、守れる力が欲しい。



「お母さん、お父さんは?」


「部屋にいるわ」


父の自室へ向かうと、父は机に向かい何やら巻物を読んでいた。

その背中に静かに話しかける。


「…お父さん」


「ん?ヒナか、おかえり。どうしたんだ?」


読んでいた巻物を机に起き、私に向き合う。


「私を…もっと強くして。まだ足りない。みんなを、守れないの」




アカデミーでは、まだ強くなれない。



私なりに、私のやり方で、強くなってみせる。




***





こらー!!


うわ、鬼の姉貴が来たぞ!


逃げろ逃げろ!




…大丈夫?


うっ、ひっく…ねえ、さん?


うん、姉さんが助けに来たよ。


うぅ…姉さん、また、いじめられた。鬼の子だって。


大丈夫。あんたが鬼の子なら、私も鬼の子だよ。私とあんたは、二人で一つなんだからさ。


私も、あんたと一緒だよ。


さ、母様と父様のところに帰ろうよ。


うん!







***






「………また、夢を…」



いつの間に眠っていたのだろうか。
いつもの夢を見ていた。


でも、今日は少し違う。


登場人物が一人増えた…
姉さんって呼ばれてたから、弟だろうか。


いじめられていた弟を、主人公である姉が助けた夢。




私は、毎日見る夢を少なからず楽しみにしていた。
父様、母様と呼ばれる人と幸せそうに食卓を囲んだり、時には師匠と稽古をしたり。


そんななか、今日の夢には弟という存在が登場した。



「今まで私の生活と似たような夢だったけど…私に弟なんていないし…」


でも…


私も、夢の中の主人公みたいに強くなれたらな。


まるで今の自分を勇気付けるかのように、夢の中の主人公は勇敢に弟を助けていた。



「あ、忘れる前に…」


私は本棚から一つのノートを取り出す。
そこにすらすらと今日の夢のことを書いた。


夢を見始めた頃から、物語のような夢を毎日日記のように書くようになった。
それはもうノート5冊分を超える数になっていた。



「これでよし!今日もアカデミー頑張らないと」



自分に気合いを入れると、朝食を食べ、アカデミーへと向かった。





***




一日の授業を終え、急いで教室を出てサクラを探す。
でも、どこにもいない。


教室、廊下、トイレ


その姿はどこにも見当たらなかった。



「まさか、また…!」


勢いよく走りだすと、アカデミーの外へと向かった。


私は、またサクラを助けることができないの…?
サクラと約束したのに。
これじゃ、今までと変わらない。



アカデミーの外を走り回ると一つの公園を見つけた。
もう日が沈みかけ、公園は綺麗な橙色に染まっている。



「………いた!!」


公園の隅で蹲るサクラと彼女の前で座り込む人影。


よかった、間に合った…!
今度こそ、助けないと


急いで彼女の元へ近づくと二人の会話が聞こえてきた。



「うっひっく…うう…」


「あんた、いつもデコリーンっていじめられてんのねー」


「うっ…ひっく…だれ…?」


「わたしは、山中いのってーの!あんたはー?」



その光景を目にすると、なぜか私の身体は木の後ろに身を潜め、二人の会話を聞いていた。
いつもいじめている奴らとは違う子だ。
もしかしたら、サクラを助けたのかもしれない。



「わたし……サクラ」


「んー?聞こえないよー。もっと大きな声で言ってみー?」


「……春野サクラ!」


「…ふぅ〜ん、なるほど〜。あんた、おデコ広いんだ〜!で、デコリーンね!」


いのはサクラの額を人差し指でつついた。


「それで前髪でおデコ隠してんだぁ。ユーレイみたいに!」


その言葉に、サクラはまた目に涙を溜める。


「ううっひっく…うぅ…」



あの子、やっぱりサクラを…!


涙を流したサクラを見て出て行こうとするが、次の言葉で思いとどまった。



「…サクラだっけ」


さっきとは違い、とても優しい声。
それは、とても彼女をいじめるような声ではなかった。


「あんた、明日もここに来なよ。いーものあげるからさー!」


「……え?」



それだけ言うとサクラを残し、彼女は去っていった。

サクラの涙はもう止まっていて、自分の出る幕はなくなっていた。





「……サクラ?」


「あ、ヒナ!!」


ヒナを見つけたサクラはそばに駆け寄り、ヒナを抱きしめる。


「サクラ、今のは…?」


「山中いのちゃんっていうんだって。ここで、その…座ってたら…話しかけてくれて、明日またここで会う約束したの」



もじもじと照れながら話すサクラはもう泣いてはいない。
少し嬉しそうだった。



「…そうなんだ、よかったね」



私はこのとき
嬉しいような、寂しいような、
そんな気持ちに襲われた。


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