ふぁごっと | ナノ
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真っ白な広い部屋の真ん中にポツンと置かれた金の猫脚の付きのバスタブ。どんな成分が含まれているのかは全くの謎であるが張られたお湯は若干のとろみがあり、薄気味悪く白く濁っているが香りはいい。そこに浸かっているのは私だけ、ではない。残念ながら私は背後から抱きしめられている、全一がセットでついて二人で入浴中。首輪を外してもらえたのはいいとして、好きでこんなことになったのではなく半ば強制的に服を剥がれこの状況を作られたのだ。


「きれいな肌してるね」

肩、腕、背、腹、脚、太腿の付け根、だらしなく汚い曲線を撫でて何が楽しいのかわからない、私も私で弱い部分は見せないように耐えてはみるが、結局のところ粟肌は収まらないし執拗に撫でられては体をびくつかせて惨めに震えていた。
美味しくもない耳たぶを全一は食んで唇で挟み銜える、反応が出てしまうだけに死ぬほどやめてほしい。

ここに連れてこられた目的は未だ謎だ。毎日三食美味しい食事が取れ、過ごせる部屋は限られているが働かなくて良し、何かされると身構えてはいたが全一から受ける悪趣味に付き合い、奇行をともに行うだけでこれと言って怖い経験はしていない。考えるに相当な時間が経っている気がする、週ではなく、月単位で過ごしているのではないだろうか?

聞きたくもない自分の上ずった吐息が出てしまった時、声は聞こえなかったが全一の唇が弧を描いた気がした、美しく鍛えられた彼の両腕がまた私の腹を包む、お湯のおかげで隠せていた緩いラインがまるわかり。



「そうだ…お見舞いに行こうか?」

『…え?』

「気にしてたでしょう?西園伸二のこと」

それは唐突な提案だった。さらに全一は続けて「今から行こう」と言い出す。
名前を聞いただけなのに胸が苦しい。私の動揺を目にした全一はいかにも嬉しそうに笑ったのだった。

バスローブを羽織りベッドで待機していると、全一から渡されたのはスーツにワイシャツ、もちろん自分の物じゃない、私のはもっとよれよれしていてみっともなくてブランドのロゴなんてついていない。早速着てみると恐ろしくサイズはぴったりだ。…そういえば伸二さんに服を渡された時もそうだったっけ。しかしそんなことより衝撃を運んできたのは全一の容姿。

私と同じスーツ姿、髪色は黒髪、全一を知る前の大好きな「鈴木さん」の姿だった。

「準備できたね。じゃあ移動するよ」

これ以上ない複雑な心境で私は部屋の外に出る。初めて踏み出して分かったが、てっきり高級マンションの中にでも隔離されていたのかと思っていたけれど、同じような扉が続く、まるで病院の通路を思わせる光景が広がっていた。ますます混乱する、ここはどこなんだろう。挙動不審な私を置いて全一が歩き出したので慌てて離れないよう張り付いて着いて行く。階段を上がって、エレベーターに乗って、通路の角を右へ左へ、もし今から元の部屋に自力で戻れと言われたら絶対に無理。
すると人とすれ違う頻度が増え始めた、いかにもエリートの風格を纏った人物たちばかりで萎縮してしまう。
エントランスにて、ガラス戸の自動ドアを抜けると久しぶりの外は快晴、すがすがしい。状況から察して都内の一角に静かにそびえ立つ高層ビルの地下に私は居たらしい。遠くから車が行き交う音が聞こえる。


「名前」


信じられない、目の前にあって気に留めなかった私もどうかと思ったけれど、全一が乗車させようとしているのはリムジンだ。
戸惑っていると手を引かれて先に乗り込むように促される。妙に緊張する姿がおかしかったのだろう、というよりご機嫌なのかも、今度はゲラゲラ笑われた。


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