ふぁごっと | ナノ
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快適に揺られてしばらく、外に目をやると大学病院の入り口前が見えてきた。全一は運転手に渡された花束を手に取り、リムジンを降りる、続いて私も降りたわけだがやはりリムジンは目立つ、集まる視線が怖くて俯いている彼にと腰に手を添えられ、華やかな彼にされては尚更注目されると抵抗しようと思ったがそこが狙いに違いない、静かに耐えた。

中に入ってからひたすら全一の後を追って院内を歩く。入り組んだ通路を進んで、知らないうちに棟が変わってエレベーターで上昇し、ナースステーションを通り過ぎる、そうしていよいよ目的地に着いたらしい。


『?』

しかし全一が止まったのは見知らぬ人の名前の個室前であって。


『「ここで合ってるよ」

『あっ、でもっ…!』

私の制止を一切無視した彼は病室のドアを開けた。



――――ガラッ…!

「おっ」

「あら?」


声をあげたのはベッドの脇で椅子に掛けた眼鏡をかけた中年男性と黒髪ショートの女性。ベッドの上の病人は彼女がスプーンで口元まで運んでくれた病院食をまさに食べようとしており、そしてその人物は――――


「こんにちは、お巡りさん。突然お邪魔してしまってすみません。これ、ほんの気持ちですけど…」

「まぁっ、綺麗…!!」

「こりゃスゲエなぁ〜…!!洋介、知り合いか?」



全一は持っていた花束を女性に渡した。「洋介」と呼ばれる彼と目が合う。


「………ごめんなさい、あの、どちらさまでしょうか…?」

「なんだよ覚えてないのかよっ!?」

「アハハハハッ!!!ですよね!いえいえ、謝らないでください」


鼻がツンとして目頭が熱い。


『……っ、っ…ぅうっ…!!』

「え!?」

「ちょっと洋介!ホントに何も覚えてないの!?」

「ぇえ〜…そんなこと言われても……」

「いやいいんですよ。…やっとホッできたもんね?」

「は…?…と、言いますと?」

「実は彼と直前に会ってたんですよ、愛想良く根気強い方でしたからね。世間は刑事銃撃事件を四六時中ワイドショーやらなんやら放送してますから、そこで撃たれたのは小林さんだったと知りまして。いや、道を尋ねた際私たちの理解力が乏しくお時間取らせてしまいましたから…」

「そんなわざわざ…。なぁお嬢さん、あんたが責任を感じる必要なんて全くもってない!こうして見舞いに来てくれたってのに、現に洋介なんてなんにも覚えちゃネーんだからさ。ワリーのは犯人だ。犯人こそが本来こーして謝りに来なきゃいけねーんだよ。な?」

「ほら洋介っ!」

「ぁあっ、いやっ、そのっ…笹山さんの言う通りであなたが責任を感じるのは見当違いです!……ショックのせいかその時間帯の記憶が抜けてしまって、きっと会っていたに違いません。だけどこれだけは断言できます。僕はあなたのせいなんてコレっぽちも思ってませんから!」

『……っ、ッ、…!』

無事でよかった。どうして。訳が分からない。

どうか泣かないでと彼が笑顔を向けてくれる。

頭の中で入り乱れる感情、最後に残ったのはどうしようもない悲しみだった。


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