ふぁごっと | ナノ
08
「よォ〜、元気にしてたk」
―――――ダンッ!!
「痛ぁ〜い…」
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでっっ!?!?!?!?!?
視認と同時に私は思いっきりドアを閉めた。
はずだったが彼の足がドアに挟まっている。
「だから痛いって」
なんとしてでもドアを締め切ろうとする私に対し、彼はギチギチとじわりじわりドアを抉じ開けていく。まるで一種のホラー映画のシーンみたいに。
彼だ。ついさっき逃げ切ってきたあの彼だ。
『…あ……ぁ…』
「その様子だと元気そうだな」
完全にドアが開かれると彼は口の端をつり上げて笑い私を見下ろした。
「お邪魔しま〜す」
『!、あっ、ちょっと…!!』
呆然としている間に彼は靴を脱いでづかづかと私の部屋に入る。
「女の子が住むにはボロすぎやしないかいここ?家具も全然ねぇしさ」
『………別にいいんです』
「そう怒んなよ。俺は好きだぜ、こういう場所」
落ち着くよな、と彼は煙草を取り出してじっぽで火をつける。煙で輪を作りどこか満足そうだ。
「灰皿ない?」
『…ありますよ』
「名前も煙草吸うの?」
『いや、私じゃなくて友達が…』
灰皿を差し出して少し広めに彼と距離をとり、向かい合って座った。
「…なんだよ?もっとこっち来いよ」
『……あの、…ここへ来た用件はなんでしょうか?』
「あぁ…」
とんとん、と灰を落とすと同時に伏せられる目。次に顔を上げた拍子にバチッと目が合う。
「やっぱり殺しに来た…」
『―――っぃ!!!!』
「ハハハっ!!冗談だよ。何度引っ掛かれば気が済むんだお前は」
『……ッッ!』
情けないことに飛び退いた後立ち上がろうとしても腰が抜けて後ずさることしか出来なかった。冗談に聞こえない。笑い事じゃない。
彼がじりじりと私に詰め寄り始める。
獣に追い詰められる草食動物の気持ちが今ならわかる気がする。やはり助けを呼んだ方がいいのかもしれない。このボロいアパートなら叫べば声を誰かに拾ってもらえるかもしれない。
『誰か「わっ、バカッ!!シーッ!シーッ!シーッ…」
彼は自分の唇に人差し指を当てて、慌てて手で私の口を塞いだ。
「俺はお礼貰いに来ただけだよ」
『!』
彼の顔が近い。
「お礼…してくれるんだろ?」
口を塞いでいた手が私の頭を撫で髪を鋤く。身体が小刻みに震え始め粟肌がたった感覚は自分でもよくわかった。
『…すみません、まさか…今日、いらっしゃるとは、思わなくて…まだ、なに…も、ぁっ、あのっ…!!』
脚が使い物にならない私にとっての唯一の移動手段であり、身体の支えとなっていた手を掴まれた。
彼の方へ引き寄せられるが逃げようと重心は反対側へ傾く。
手を引く位置を固定して彼自身が近づけば、みるみるうちに距離は縮まり、やがて私の体勢は仰向けになった。
彼は私に跨がり覆い被さったような状態になり、手首は私の顔の左右とも横で彼によって上から押さえつけられている。
『……っ、…ッッ』
何度されても慣れることなど決してないこの「恐怖」。私はきっとこれから助けた見返りに襲われるのだ。疎くてもそのくらいは察することぐらいできた。
―――嗚呼、またか…
自然と涙が溢れた。
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