ふぁごっと | ナノ
09



「抵抗しなくていいのかい…?」

俺が問えば名前は色濃く怒りを瞳に宿した。ただそれはほんの一瞬だけであって、消えたと思えば次は絶望を思わせるような虚ろなものに変わった。まるで初めてあった時をそのまま再現したようだ。

俺から顔を背けて固く目を瞑る。ぽたり…大粒の涙が床に落ちた。

『…お礼……いたします…』

そして彼女は自嘲する。

『……こんな身体で…、ッ、よければどうぞ…?』

思わず俺は苦笑いを浮かべた。ここは抵抗しろよ…。慣れてるのか諦めてるのか…どちらにせよこれは受け入れるものではない。

彼女の頬に片手を添えると堪えきれなくなったのか、小さく息を漏した。そしてやっぱり大泣きが始まった。落ち着けるつもりで触れたのにこの有り様だ。


「オイオイ…頼むから泣くなよ…」

『…ッ、ッ、…ッッ、っ…』

彼女の頬を両手で包み込むように触れ、視線が交わるよう顔を俺に向かせる。お礼する気にはどう見ても見えない。親指で零れる涙を拭って宥める。


「…俺の知り合いがあんたのこと知ってたぜ」

『…!、』

「言っただろ?警察に知り合いがいるって」

『…っ、ッ…』

「…男にあまりいい思い出ないみたいだな」


涙は止まることを知らない。拭えど拭えど溢れてくる。

切りがないと思って俺は彼女との顔の距離を鼻先が触れる手前までぐっと縮めた。


「セックスの経験は…?」

『…っ、ッそれッ…、は…』

「レイプじゃなくて」

『…ッッ、』

俺の手の中でふるふると小さく名前はかぶりを振る。


「…じゃぁキスは?」

『…っ、ッッ…』

顔をさらに歪めてまたかぶりを振る。

キスもなかったのか…

経験は全て別の男。

彼女にとっての「初めて」は全て一方的な暴力的行為だったとなれば、ある意味男に対する恐怖と嫌悪感は相当なものだろう。

誰だって処女は好きな男に捧げたい…って℃が言ってたっけな。


「セックスは嫌いかい?」

彼女の耳元に口を寄せて語ればただ小さく『怖い』と何度も呟く。

この歳で嫌いだなんて人生絶対損してる。

通常は愛のある、ないにせよ互いの了承を経てやる分にはそれなりの快楽がセットでついてくるもんだ。


「……そっか」

彼女は嫌いじゃなくてそもそも行為経験そのものがなかったのか。

『……ぁ、』

頬に、額に、鼻先に、果ては顔中に。口先で甘く食み、吸い付いては離す。特に未だ腫れの引かない彼女の片目は集中的にキスを落とす。その度に少し痛むのか小さく声を漏らした。

俺の出来る至極の愛撫で彼女の身体を愛でる。
服を捲り上げ身体中の愛撫の軌跡を辿りまたさらにキスを落とす。それはそれは時間を掛けて丁寧に。

いきなり行為には移らず、まずは俺に慣らせるのが優先だ。焦らず愛でれば必ず応えてくれるのを俺は知ってるから。

その通りに時間が経てば経つほど反応も目に見えて変わってきた。切なげに悶えてるところを見ると少なからず感じていてくれているようだ。少し戸惑っているようなのが初々しくて可愛い。


「ン、」

キスを巡らせ、様子を見計らって彼女の胸元を少し開(はだ)けさせた時だった。

赤黒く、ぽつりと鬱血している箇所を発見した。これは所謂キスマーク。


「…これ昨日の奴の?」

『、ぃえ…その、前のです…痛っ!?』

もう一度吸い付いて伸二君印の完成。よく目を凝らして探せばちらほらとある。この際全部俺のに変えるとするか。

名前は恐らくいくつか被害届を出していない。警察の彼女の履歴によると最後に事件に巻き込まれたのは一昨年の年末が最後だったはずだ。

自分の色に染まる女の姿を見るのは悪くない。いつまでコイツに構ってられるかな?人探しなら2〜3日が限度か?でも俺仕事早いからなァ…


「ン?」

『―――っ!、…』

「……なんだよ?」


視線を感じ顔をあげると名前と目が合った。

「…もっと激しくしてよってか?」

『!、違いますっ…わた、ンッ!』

そうであろうとなかろうと、頃合いと踏んだ俺は少し強引に彼女の口に舌を突っ込んだ。

怯え縮こまった彼女の舌に絡ませ引きずり出して吸う。指も加えて舌と戯れる。これはあくまで優しくの範囲だから、時折息を与えて呼吸を手助けしてやる。


『っ、ふっ、ぁの…!!』

「『あの』じゃなくて『伸二』」

呼ぶ間は与えずまた深く深くさらに深く。


離れた唇を繋ぎ艶かしく光る糸を舌で絡めとって彼女を見下ろした。彼女の変化に口の端がつり上がる。

行為前なのに息は荒く、紅潮した頬に虚ろな瞳。一体これからどうなってしまうのやら…


「…気絶すんなよ?」

俺が初めてのイイ思い出になりますよーに。



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