14


「………」


ピアーズは歩みを止めた。どこか着いたのかと、背負われる名前も顔をあげる。だが場所は通路のど真ん中だ。
通路の先に見えるは丁字路のような別れ道。

彼はゆっくりと後ずさる。一歩…二歩……。
ピアーズは何を見ているのか?名前も見えぬ先を見て息を呑む。

―――ゆらり…。

ひょっこり現れた爛れた腕。
身も凍りつく。次から次へと歩いてくるのは【ゾンビの大群】。


「…マジかよっ」

まるで都会の駅のようにごった返して押し寄せてくるゾンビは津波のよう。

ピアーズは名前を背負いながらも、もと来た道を全力で駆け戻る。


――――バタンッ…!

ある程度道を戻って、原始的なドアノブが付いたドアを見つけたのなら二人は部屋に飛び込んだ。

――バンバンッ!!バンッ!

鍵を掛けるとゾンビ達は肉欲しさにドアを叩き続けて訴えている。


「っ、足止めか……。あいつらどこから湧いたんだ?」

『……』

名前を下ろして、ピアーズは深い溜め息一つ。
一方で名前の体は震えが止まらない。
きっとこれは夢だと、頭は未知なる恐怖をなんとしても拒絶したがった。


「名前…?」

耳殻に吐息が掛かり、名前はピアーズに呼び掛けられていことに気がづいた。彼の目を見て目を伏せる。耳が遠く距離感が狂って、思わず互いの鼻先が触れ合いそうだったから。


「―――!」

天を仰ぐ。
これが青天の霹靂と言う奴か。
いち早く危険を察知したピアーズは名前を素早く突き飛ばした。
当たればひと溜まりもなかっただろう、まるで二人の仲を引き裂くように、突然頭上から分厚い天井の一部が落ちてきたのだ。

名前が傷に唸りながら身を起こすと、爬虫類のような皮膚を持つ緑色の猫背の怪物が、ピアーズに馬乗りになっているではないか。今まさに象牙のように太く鋭利な爪を振りかざし、抵抗してばたつく彼の息の根を止めようとしているのだ。

恐ろしくゆっくりと動く時間。
名前はピアーズを助ける方法を探す。

目に入ってきたのは彼が持っていた巨大な銃。
扱い方など知らない、だがこれしかない。名前は銃身を全身で包むように抱え、無我夢中で長い銃口を化け物に合わせて引き金を引いた。

―――――ドンッ!

狭い室内に爆音が轟く。

銃弾は奇跡的に命中、か細い断末魔をあげた怪物は目の前で呆気なく息絶える。


『………?』

なのにどうして…?撃たれたのは怪物なのに、瞬間的な激痛に押さえた名前の口からは唾液混じりの濃い血が溢れてくる。

胸が苦しい。息が苦しい。息の仕方が分からなくなる。


「名前…!」

ピアーズはのし掛かってきた怪物の死体を押し退け、痛みに混乱する名前に駆け寄ると口を開かせて中を覗いた。

「…ああ、舌を噛んだんだ。止血しよう。他に痛む場所は…?」

『………』

ピアーズはガーゼを取り出して手際よく処置しようとしたが、口を押さえた名前は俯いて固まったまま動かない。


「名前…?」

『………』

―――また新しい傷。痛みに上乗せされる痛み。鼻を抜ける血に噎せるような臭い。
彼女は瞬いてもいないのに、目から溢れる大粒の涙が床に落ちて弾け散る。


「名前、口を開けて?」

『………』

「名前…」

口にガーゼを寄せたって無反応。
名前も聞こえていないわけではない。現に目も見えている。

彼女の心はポキッと折れる寸前だった。


「………」

ピアーズが震える名前の肩に手を置けば、彼女はその手に力の入らない細い指先を立てて、嗚咽を堪える。


「名前、気を確かに持つんだ…」

不意に与えられたのは甘えの場。ピアーズは彼女を抱き締め、感情溢れた名前は彼の胸の中で声を殺して泣いた。涙を止めることに必死になっていると、彼は泣き止まなくていいと、頬を寄せてくれる。


「ありがとう…。君がいなかったら危なかった」

囁いては伝わらないであろう言葉。それでも伝えずにはいられないし、また何度でも伝えたい。
大事に抱かれて、思いやりいっぱいに寄せてくれる彼の頬が優しくて。名前はわーっと泣き出し、痛みや感情をピアーズにありったけぶちまけた。

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