15
名前の舌の傷も落ち着き、耳の聞こえも少し回復したところで、ゾンビまみれの道を捨て、まだ見ぬ道へいざ出陣。
ピアーズは頭に叩き込んだ経路を歩き、背負われることに慣れてきた名前は身を預けて眠る。
靴の音、ドアの開かれる音、緩やかに下って行くのを感じる傾斜。
―――傾斜…?
「今度はなんだってんだ…」
『…?』
目を凝らし、暗い傾斜の先を見つめれば床にクリアな水が張っている。近づいてみるとそれは深く、通路の先は天井まで完全に浸水してしまっているようだった。足元に一定の間隔に配置された灯りは、水中で不気味に揺らめいている。
「…しかたない、ちょっと待ってて」
ピアーズに下ろされた名前は、咄嗟に行こうとする彼を裾を掴んだ。
『ここじゃない場所通れませんかっ…?』
「そうしたいけど、残念ながらここは迂回できそうにないかな」
『…でも水が』
「大丈夫、潜って確認してくるよ」
『溺れたりしたらっ…!』
「そうなる前に帰ってくるから」
この手のプロなのに、素人みたいな心配をされてピアーズは苦笑い。名前は本気で心配しているようなので、さらに彼は笑えてきた。
「大丈夫だから」
――どうして何が大丈夫なのか。
こんなときにピアーズは笑う。
名前は彼の裾を離せない。
それでも優しくも解かれてしまい、水へ入ったピアーズはまるで人魚のように深く潜り消えてしまった。
無理やり体を引きずり起こし、名前もひっそりピアーズの後を追うように水に入る。
通路を下り冷たさに負けじと、思いきって傷口を水に浸けるも鋭い痛みに身は竦んだ。
『(この体じゃ泳げないっ……)』
進むどころか深く潜ることすらできない。
彼女はすごすごと戻る。どれ程の時間が経ったのだろう。
1分、2分…人が水に潜める時間は短い。
いてもたってもいられない名前は壁に背を寄せ、指を絡めて神に祈った。
もっと強く引き止めておけば…。
彼の消えた水面を覗くと、陸にいるのに息苦しい。
やがて水を吸って重くなった体を支える気力もなくなって名前は床に横たわる。また悲しくなってきて咽び泣いた。
普通なら溺れてしまう時間帯に差し掛かる。
彼はどこまで行ったのだろう。
名前は気を紛らわすように数を数えてみた。
そして死の時間帯へ。
ピアーズは数分経っても帰ってこない。
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