Straight To Video | ナノ
06
水を飲み干して空っぽになったコップを見つめる。
この空間に時間という概念はない。時計はもちろんテレビ、雑誌、音楽といった暇を潰すものが一切ない上、四六時中電気が点灯しているので体内時計が狂うのだ。小さな別室にトイレと洗面台があるのはありがたいとして。あの事故からどれほどの時間が経ってしまったのか、一日経ってないかもしれないし、あるいは意識を失っている間に一週間以上過ぎてしまったかもしれない。いずれにせよ外部とまったく連絡が取れていない名前には外の様子がさっぱりわからなかった。
休みが欲しいとよく口にはしていたが、いざなにもない状況でそこに居続けるのも苦痛で退屈だ。名前に出来るのは眠くもないのに大人しくベットの上で横になることだけ。
ドアが開き人が入ってきたが、あの男ではなく数人の白衣の男であった。点滴のような管の付いた注射針を取り出され、薬を打たれるのかと思いきやそうではなく、単なる血液検査で、名前は採血の最中に男に尋ねた。
『すみません、今何時ですか?』
「8時ですよ。このあとは検査を受けてもらうので、いくつか場所を移動します」
『先生が来たのは大体何時だったかわかりませんか?』
先生?と首を傾げる男に、「黒服の」と説明を付け足すと、ああと頷く。
「だいたい7時くらいだったと思いますよ」
『そうですか……』
管を赤く染める液体。容器に溜まっていく自分の血は見ていて気分の良いものではない。軽い貧血を起こして眩む視界に彼女は唇を噛み締めた。
「食事は検査の終った後に取れますからね」
それを見て採血する男は一言。言われてみれば何も食べていなかった。気づかされ空腹を感じ始めてしまった彼女にとって、あまり嬉しくない知らせに項垂れる。男達はというと、採血が終わるとじろじろと彼女の観察を始め、眺めてはペンを走らせる。やがて彼らは顔を見合わせ手を止めた。
「しっかり着いてきてください。くれぐれも離れないように」
名前に注意事項を説明した男は、扉のセキュリティーにカードキーをスライドさせてロックを解除した。部屋から出れたと喜ぶのも束の間、男達に囲まれるように部屋を出ると彼女が見た光景は想像と異なっていた。
室内と同じく白で統一された通路には似たような扉がいくつも続き、病院にしてはやけに静かで、すれ違う者は皆白衣を着た者ばかり、ナースや患者らしき人が見当たらない。人が部屋から出て来たと思えば、ドアが開いた拍子に聞こえたのは咆哮。中に何が居たかはまったく見当がつかないが、人でないのは確かだろう。
幻聴ではないとドアの先が気になり歩みを止めようとすると、視界を遮るように「行った行った」と男に背を押されてしまった。
募る不安。名前は見て回る内にここが病院ではない気がしてならなくなった。時折見えるガラス窓の部屋の中では様々な色の液体を調合していて、それを台の上にいる動物に注射を打っている。病院というよりはまるで施設だ。
怪しんだところでどうすることも出来ないが、男達に囲まれたまま目的の部屋に着いたらしく、とあるドアの前で止まった。異様な緊張感を持ち入室すると、そこにあったのはMRI。見た目だけそうなのかもしれないと身構えるが、横たわるよう指示され受けてみればなんら変わらない通常の使用法だった。その後も普遍的な健康診断に似た内容を部屋を移りながら彼女は受けた。
事故のせいでナーバスになっているんだ…。
自室に戻った彼女は落ち着かせようと言い聞かせる。持ってこられた食事はお世辞にも美味しいとは言えなかったが、贅沢は言えない。食はなかなか進まず疲労感からとても長い間検査を受けていたと感じる。
またいつ食べられるかわからない、物を胃に押し込むように食事を済ませ、一眠りしようとしたが、何故かタイミング良く人が入ってきてまた検査だと言う。溜め息を吐いて彼女は従う他なく部屋を連れ出される。
疲れて当然、名前は実に半日以上身体中を調べあげられていたのだ。
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