Straight To Video | ナノ
05
『!』
暫くして、ドアのロックが開いたような音がすると実際にドアが開いた。
誰か来てくれた。それが嬉しくて名前は歩み寄ろうと立ち上がる。
――――――コツ…
しかし男の姿を目にした彼女の足はぴたりと止まった。
金髪オールバックにサングラス、長身で細身でありながら筋肉質で、白一色のこの空間に全身黒を纏い、感じるただならぬ威圧感。
白衣は着ておらず容姿からも到底医者とは思えない。
―――――コツ…
男がこちらを向くと、一歩名前に歩み寄る。
反射的に彼女は一歩後退り。
距離が縮まるごとに強い恐怖を感じ、さらに離れようとしたが足が縺れて尻餅をついてしまう。懸命に腕を使って後退りするがこの狭い部屋で逃げるも何もない。すぐに壁が背に当たり名前が追い詰められると、男はゆっくりと彼女と視線に合わせるため膝をついて屈んだ。
『――――……っ!!』
「可哀想に…震えてるな……」
男の手が伸びてきて頬に触れると同時に体が跳ねる。逸らした視線も合わせるように手で名前に促した。
「俺の言葉が分かるか…?」
静かでしっとりとした彼の声色の問い掛けに、彼女は小さく頭を縦に何度か振る。
「名前は?」
『…苗字、名前…です…』
「ここに来るまでの事を覚えてるか?」
『……えっと……』
話せないこともないが、正直何が現実で真実なのか曖昧で、見た通りに言ったところで信じてもらえそうにない事の方が多い。
名前は内容を吟味するあまり口籠るが、男はじっと答えを待つ。気まずい雰囲気が漂い、言葉を濁してわからないで済ませたくもなるが、後でどうして言わなかったと責められては怖い。
『えっ、と…何をどう話せばいいのか…』
「すまない、内容が漠然としすぎたな。質問の仕方を変えよう」
男は名前から添えていた手を離す。
「名前…君は交通事故に巻き込まれてここへ来たんだ」
事故に遭ったのは夢じゃなかったんだと、落胆しつつも記憶があるため頷く。
「ここで目覚めるまで、ほんの一部でも構わない。何か覚えてないか?」
『………』
話すにはここからが名前にとって問題だった。
『何を話しても…馬鹿にしないで聞いてくれますか?』
「約束しよう」
男が茶化すようには見えなかったので、名前は短く息を吐くと意を決して話し始めた。
――――――――――
タンカーの上で目覚め、実験台の上で目覚め、彼女がその次に目覚めたのは男の死体の上だった。飛び起きて辺りを見渡すと一体どころではなかった。体がのほんの一部だけ…例えば生首だとか、腕だけが落ちていたり、あとは人ではない動物のような死体でいっぱいだった。とにかく腐卵臭が酷く、叫ぶに何が起きたかさっぱりで愕然としてしまった。
吐き気に襲われながらフラりと立ち上がり歩みを進める。
――――どこかに出口が…
意識が朦朧する中でどこか冷静な判断を下す自分がいて、出口が必ずあると信じて歩いた。しかし見えるは永遠と続く死体道。このままずっと出られなかったら…。
『痛っ…!?』
人の顔の骨格が変異したような生き物の口から鋭利な牙が生えていて、その先に血がついている。よろめいた拍子に顔が上を向いていたので踏んでしまったようだ。
『……ぁ、れっ…』
彼女はついに痛みで我に返る。
腐った柔らかい肉の感触が足の裏から伝い、死体と同じく自分の体も血濡れている。死んだと勘違いされてどこかに棄てられてしまったのかもしれない。今度こそ死ぬまでここに居続けなければならないのかもしれない。
正気に戻った名前は誰か誰かとひたすら泣き叫び、肉を踏みしめ出口を求めて駆け回った。
そして彼女はショックのあまり記憶を失う。
「結構、もう十分だ」
僅かな内容ではあったが話す内に辛い記憶が蘇り、無意識に名前は泣き出してしまった。男は泣きじゃくる彼女の手を取ると優しく引き上げ、ベッドに腰掛けるよう誘導する。
「水を持ってこさせよう。声が嗄れてる」
『…ぁ 、先生っ……』
部屋を出ていこうとする男に、とりあえず医者として接してみようと、勇気を振り絞って声を掛けた。
『電話っ…家族と連絡を取りたいんですっ…借りられませんか?』
「今すぐは無理だが、その内にな」
また様子を見に来る。男はそう言って部屋を後にした。ドアのロック音がなり、再び名前に静寂が訪れる。
彼を呼び止めたのはきっと孤独になるのが嫌だったから。温もりを求めてさ迷った手は、空を掴んで虚しく沈んだ。
====Genius====
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