18/25 series"W" G17歳辺り 取り戻すためと大義名分を立てた 人を殺める理由を作った 主を利用して 手は紅黒く汚れた 心は真っ黒に汚れた 全てを主のためと責と苦しみから逃れようとした自分が 主が還ってきたとしても 再び従者として傍に仕えるなど赦されないことと 気づくには 遅すぎた 視界の端にいつものベンチに腰かけるまだ狭い背中を捉えた。 雨が降っているのに、彼は傘を差していない。元々艶のある黒髪は、いつからそこにいたのだろうか、ぐっしょりと濡れてさらに艶を放っていた。外套も色が変わっている。 嘆息を落として近寄る。 「風邪引きますヨ、っていつも言ってるじゃ」 ないですか、と続くはずだった言葉は傾いだ身体に遮られた。 「ギルバート君!!」 傘を捨て、前に回り抱き留める。 ぐったりともたれかかる身体は、数日前に寝不足で倒れた彼を運んだときよりも細くなっていた。顔色は真っ青よりもむしろ白く、唇も色を失っている。 「・・・何かあったんですカ?」 返事は当然ない。 一瞬の逡巡の後、待たせているレインズワースの馬車に乗せることにした。今日はこの後屋敷でシャロンとの面会が予定に入っていたから、丁度良い。ナイトレイ邸に帰しても、恐らくあそこにいた所為でこうなったようだから、逆に症状を悪化させるだけだろう。 身長がもうすぐ追いつかれそうだというのに、見合わない軽い身体を横抱きに抱え上げて、ブレイクは馬車へ向かった。 濡れたシャツを脱がし、自分のものを着せたときに目に留まったのはいくつかの傷跡。古いものから手当を怠って化膿した新しいものまであり、後で色々と説教するか、なんて考えながら手当をしてやった。 額に触れる。 「・・・いつから熱出てたんでしょうネ・・・?」 恐ろしく熱い。冷水に浸したタオルを載せて、ブレイクは枕元に肘を付いた。 ナイトレイ家に潜入させてからもう4年になる。言葉遣いが少しずつ荒っぽくなってきたり、どんどん伸びていく背がその月日を感じさせた。銃の扱いも格段に上手くなって、裏仕事にもなれてきた。 ものだと、思っていたが。 一番最近できたらしい傷跡は大きくはないが深く、止血はしたらしいが他は何もした跡がない。お陰で化膿し悪化して散々なことになっていた。きっと痛かっただろう。 が、それよりも、あんな傷を負った経緯が全く分からない。 今のギルバートの腕なら、怪我はすれどかすり傷で済む相手がほとんどだろう。 敵が異常なまでに強かったか、もうひとつ考えられるのは。 「・・・」 柔らかい髪を撫でる。 「どうしたんですカ?」 らしくないですヨ、君が大怪我するなんて。 ぽつりと呟いた言葉に反応したのか、身動ぎ一つせずに眠っていた身体がぴくりと動いた。 荒い呼吸が嗚咽に変わる。 「ッ・・・ちゃ、」 「ギルバート君?」 オズ、坊ちゃ、 あぁ、そういうことか。 彼が傷を負ったのも、身体が細くなっていたのもこれで説明がつく。 「ごめ、なさ、」 傷を負ったのは、何か考え事にとらわれていたから。 身体が細くなったのは、思い悩んでしまったから。 「もうッ・・・ッくは、僕はッ・・・」 唇に耳を近付ける。 「僕はッ、貴方の傍にいちゃいけないッ・・・!」 どういうことだ? あんなに取り戻すことに必死になっていたのに。 今度こそ自分が守るのだと、そう言って銃を練習している姿を何度も目にしたのに。 「ギルバート君!」 まずい。このままだと、夢に飲まれる。 「ギルバート君!!起きてください!!」 がくがくと身体を揺さぶると、ゆっくりと重い瞼が開き、覗いたぼんやりとした金の目がブレイクを捉え――― 「坊ちゃんッ・・・!」 縋り付いてきた震える腕を振り払うことなど、ブレイクにはできなかった。 痩せた身体を抱きしめる。 ああでも目が覚めてしまえば、彼は現実を知る。 いつか覚める、夢なら。 「ギルバート君、起きてくだサイ」 残念ながら、私は君の望む主ではありませんヨ? 努めて冷たい声を出すと、ぼぅっとしていた目に光が宿った。 「・・・ぁ、レイク、さ・・・?」 覚醒したらしい声が自分の名を紡ぐ。 抱きしめる腕はそのままにして、あやすように背中を撫でてやると、そのまま静かにギルバートは泣き続けていた。 「どうしたんですカ?」 しばらく経って落ち着いた後、ハーブティーを入れながらブレイクは尋ねた。 「どうしたって・・・」 「背中。見ましたヨ、今の君にはらしくない傷がありましたネェ」 「ッ・・・」 バツが悪そうに目を逸らして俯く。 本当に分かりやすい。 「それと。譫言で言っていましたが、『僕は貴方の傍にいちゃいけない』ってどういう意味ですカ?」 顔を上げたギルバートは、腫れた目にまた涙を溜めていた。 無言で差し出したハーブティーを受け取り、小さく礼を言うと、そのまま口を噤んでしまった。 やはり一気に訊くのはまずかっただろうか。 少し焦っているのだろうか、らしくもないのは自分もだ。 そんなことを考えて時計の針がカチコチと響くのを聞きながら、しばらく互いに沈黙を守り続けた。 「俺は、たくさんの人を殺しました」 3杯目のハーブティーを飲み終えて、沈黙を破ったのはギルバートだった。 「たくさん、ネェ・・・」 自分に比べれば少ない。まだ彼が殺したのは2桁だ。 それでも、誰かを殺めたことに、罪を背負うことに変わりはない。 「俺は誰かを殺める理由を、・・・ッ坊ちゃんに押し付けていたッ・・・!!」 溢れる綺麗な涙。 あぁ、この少年は気づいたのだ。 ブレイクが全てを失うまで気づかなかったことに。 「坊ちゃんのためだなんて嘘だった、俺はただ逃げていただけだった!!」 “誰かの為”を、言い訳にしないこと。 ギルバートは自分でそれに気づいた。 けれどその代償は、大きい。 「俺はッ・・・俺はッ・・・!!」 自分の前で涙を流すことが少なくなった。 だから、こうしてしゃくり上げる姿を見るのは久々だった。 身体が、勝手に動いた。 「ブレ、ク、さ、」 「黙りなさい」 言葉に反して、声は優しく。 先程よりも腕の力を強めた。苦しくて、話せないくらいに。 「もう良いです。もう自分を傷付けなくて良い。君は気づくことができた。それで良いんです」 「でもッ、遅すぎた、」 「遅くはありません。君はまだ間に合う。まだ大丈夫です。大丈夫ですから・・・だから、今は眠りなさい」 君の望みを叶えるために。 「君の望みは何ですか?」 坊ちゃんを、オズ=ベザリウスを取り戻すことでしょう? 身体を解放してベッドに横たえる。 真っ赤な目は、苦しみと、罪を受け入れることを決めた者だけが持つ、強い光を宿していた。 「ブレイク、シャロン。頼みがある」 オズ=ベザリウスが自力でアヴィスからこの世界に戻ってきた。 主を取り戻すために手に入れたこの黒翼を、主のために開くことはできなかったけれど。 それでも、戻ってきてくれたから。 「何ですカァ?」 「何ですの?」 あのときと同じ光を月色の目に宿して、青年は静かに告げた。 「オズに俺の正体を言わないでくれ」 俺は貴方を利用した だからもう従者としては傍にいられない でもこの二つ名は貴方を守るために手に入れた力だから 貴方を守るために俺は偽りの名で貴方の傍に居続けよう 貴方の知る俺僕はもう どこにもいはしないのだから Without貴方のいない世界 series"W" 1.Without ← → |