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series"W"





G17歳辺り







取り戻すためと大義名分を立てた
人を殺める理由を作った

主を利用して

手は紅黒く汚れた
心は真っ黒に汚れた

全てを主のためと責と苦しみから逃れようとした自分が

主が還ってきたとしても

再び従者として傍に仕えるなど赦されないことと

気づくには

遅すぎた






視界の端にいつものベンチに腰かけるまだ狭い背中を捉えた。
雨が降っているのに、彼は傘を差していない。元々艶のある黒髪は、いつからそこにいたのだろうか、ぐっしょりと濡れてさらに艶を放っていた。外套も色が変わっている。
嘆息を落として近寄る。
「風邪引きますヨ、っていつも言ってるじゃ」
ないですか、と続くはずだった言葉は傾いだ身体に遮られた。
「ギルバート君!!」
傘を捨て、前に回り抱き留める。
ぐったりともたれかかる身体は、数日前に寝不足で倒れた彼を運んだときよりも細くなっていた。顔色は真っ青よりもむしろ白く、唇も色を失っている。
「・・・何かあったんですカ?」
返事は当然ない。
一瞬の逡巡の後、待たせているレインズワースの馬車に乗せることにした。今日はこの後屋敷でシャロンとの面会が予定に入っていたから、丁度良い。ナイトレイ邸に帰しても、恐らくあそこにいた所為でこうなったようだから、逆に症状を悪化させるだけだろう。
身長がもうすぐ追いつかれそうだというのに、見合わない軽い身体を横抱きに抱え上げて、ブレイクは馬車へ向かった。





濡れたシャツを脱がし、自分のものを着せたときに目に留まったのはいくつかの傷跡。古いものから手当を怠って化膿した新しいものまであり、後で色々と説教するか、なんて考えながら手当をしてやった。

額に触れる。
「・・・いつから熱出てたんでしょうネ・・・?」
恐ろしく熱い。冷水に浸したタオルを載せて、ブレイクは枕元に肘を付いた。
ナイトレイ家に潜入させてからもう4年になる。言葉遣いが少しずつ荒っぽくなってきたり、どんどん伸びていく背がその月日を感じさせた。銃の扱いも格段に上手くなって、裏仕事にもなれてきた。
ものだと、思っていたが。
一番最近できたらしい傷跡は大きくはないが深く、止血はしたらしいが他は何もした跡がない。お陰で化膿し悪化して散々なことになっていた。きっと痛かっただろう。
が、それよりも、あんな傷を負った経緯が全く分からない。
今のギルバートの腕なら、怪我はすれどかすり傷で済む相手がほとんどだろう。
敵が異常なまでに強かったか、もうひとつ考えられるのは。
「・・・」
柔らかい髪を撫でる。
「どうしたんですカ?」
らしくないですヨ、君が大怪我するなんて。
ぽつりと呟いた言葉に反応したのか、身動ぎ一つせずに眠っていた身体がぴくりと動いた。
荒い呼吸が嗚咽に変わる。
「ッ・・・ちゃ、」
「ギルバート君?」

オズ、坊ちゃ、

あぁ、そういうことか。
彼が傷を負ったのも、身体が細くなっていたのもこれで説明がつく。

「ごめ、なさ、」

傷を負ったのは、何か考え事にとらわれていたから。
身体が細くなったのは、思い悩んでしまったから。

「もうッ・・・ッくは、僕はッ・・・」

唇に耳を近付ける。


「僕はッ、貴方の傍にいちゃいけないッ・・・!」








どういうことだ?
あんなに取り戻すことに必死になっていたのに。
今度こそ自分が守るのだと、そう言って銃を練習している姿を何度も目にしたのに。
「ギルバート君!」
まずい。このままだと、夢に飲まれる。
「ギルバート君!!起きてください!!」
がくがくと身体を揺さぶると、ゆっくりと重い瞼が開き、覗いたぼんやりとした金の目がブレイクを捉え―――

「坊ちゃんッ・・・!」

縋り付いてきた震える腕を振り払うことなど、ブレイクにはできなかった。

痩せた身体を抱きしめる。
ああでも目が覚めてしまえば、彼は現実を知る。

いつか覚める、夢なら。

「ギルバート君、起きてくだサイ」

残念ながら、私は君の望む主ではありませんヨ?

努めて冷たい声を出すと、ぼぅっとしていた目に光が宿った。

「・・・ぁ、レイク、さ・・・?」

覚醒したらしい声が自分の名を紡ぐ。
抱きしめる腕はそのままにして、あやすように背中を撫でてやると、そのまま静かにギルバートは泣き続けていた。








「どうしたんですカ?」
しばらく経って落ち着いた後、ハーブティーを入れながらブレイクは尋ねた。
「どうしたって・・・」
「背中。見ましたヨ、今の君にはらしくない傷がありましたネェ」
「ッ・・・」
バツが悪そうに目を逸らして俯く。
本当に分かりやすい。
「それと。譫言で言っていましたが、『僕は貴方の傍にいちゃいけない』ってどういう意味ですカ?」
顔を上げたギルバートは、腫れた目にまた涙を溜めていた。
無言で差し出したハーブティーを受け取り、小さく礼を言うと、そのまま口を噤んでしまった。
やはり一気に訊くのはまずかっただろうか。
少し焦っているのだろうか、らしくもないのは自分もだ。
そんなことを考えて時計の針がカチコチと響くのを聞きながら、しばらく互いに沈黙を守り続けた。








「俺は、たくさんの人を殺しました」

3杯目のハーブティーを飲み終えて、沈黙を破ったのはギルバートだった。
「たくさん、ネェ・・・」
自分に比べれば少ない。まだ彼が殺したのは2桁だ。
それでも、誰かを殺めたことに、罪を背負うことに変わりはない。

「俺は誰かを殺める理由を、・・・ッ坊ちゃんに押し付けていたッ・・・!!」

溢れる綺麗な涙。
あぁ、この少年は気づいたのだ。
ブレイクが全てを失うまで気づかなかったことに。

「坊ちゃんのためだなんて嘘だった、俺はただ逃げていただけだった!!」

“誰かの為”を、言い訳にしないこと。
ギルバートは自分でそれに気づいた。
けれどその代償は、大きい。

「俺はッ・・・俺はッ・・・!!」

自分の前で涙を流すことが少なくなった。
だから、こうしてしゃくり上げる姿を見るのは久々だった。


身体が、勝手に動いた。


「ブレ、ク、さ、」
「黙りなさい」


言葉に反して、声は優しく。
先程よりも腕の力を強めた。苦しくて、話せないくらいに。

「もう良いです。もう自分を傷付けなくて良い。君は気づくことができた。それで良いんです」

「でもッ、遅すぎた、」

「遅くはありません。君はまだ間に合う。まだ大丈夫です。大丈夫ですから・・・だから、今は眠りなさい」

君の望みを叶えるために。

「君の望みは何ですか?」

坊ちゃんを、オズ=ベザリウスを取り戻すことでしょう?

身体を解放してベッドに横たえる。


真っ赤な目は、苦しみと、罪を受け入れることを決めた者だけが持つ、強い光を宿していた。








「ブレイク、シャロン。頼みがある」
オズ=ベザリウスが自力でアヴィスからこの世界に戻ってきた。
主を取り戻すために手に入れたこの黒翼を、主のために開くことはできなかったけれど。

それでも、戻ってきてくれたから。

「何ですカァ?」
「何ですの?」


あのときと同じ光を月色の目に宿して、青年は静かに告げた。


「オズに俺の正体を言わないでくれ」





俺は貴方を利用した
だからもう従者としては傍にいられない
でもこの二つ名は貴方を守るために手に入れた力だから
貴方を守るために俺は偽りの名で貴方の傍に居続けよう
貴方の知る俺はもう
どこにもいはしないのだから








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