孤狐
 昨晩から朝方にかけての任務が終わり、家に帰る気にもなれず、商店街をあてもなく歩く。
 適当な店で朝食兼昼食を取り、商店街を適当にぶらぶらしていると、視界の端を黄色い何かが過ぎった。ぴたりと足を止め、一拍置いて二、三歩後退する。
 店と店の間と言うよりは隙間と言った方がいい狭い空間のそのまた向こう、その黄色が見えたとおぼしき場所をじっと見据える。が、特に何もおかしい様子はない。
 何だ気のせいか。と自己完結して前を向こうとした瞬間、見えた。
 連れだって歩く数人の男達の一人が、黄色い髪の少年の頭を鷲掴みにして無理やり歩かせていた。
 ……うっわ、モロ見ちゃった。あれナルトだよね。王道だなァ……じゃなくて。え、助けないのかって? 一応助けますよ。原作世界じゃ疎んじられこそすれ、暴力は振るわれなかっただろうし。ナルトがあんな目に遭ってるのは、私みたいな存在がこの世界にいる所為かもしれないからね。
「おっちゃんコレ貰うね」
 近くの店にあったエキゾチックな面を購入して大人の姿に変化すると、『うずまきナルト暴行事件』の現場に向かう。

 商店街の裏、業者か店員くらいしか使わなそうな人気のない道。風の通り道がないのか空気は淀み、店々から一方的に換気扇で吐き出される空気や一時的に置かれているゴミの臭いが混ざり合い、絶対に深呼吸したくない空間が出来上がっていた。
 見える人が見たら瘴気とか邪気とかが漂っていそうだ。
 ざり、と忍靴が砂を鳴らし、男達が私の存在に気付いた。
「何だお前」
 いかにもーな感じの人相の悪いおっさんが怪訝そうな顔で見てくる。
 見た感じ全員一般人で、家に帰れば『良いお父さん』をしていそうな印象を受ける。
「気味の悪ぃ面なんかしやがって、失せろ」
 吐き捨てるように言って、男はナルトの腹を力一杯蹴り上げた。
「何でこいつ死なねぇんだよ!」
 口々に吐き出す呪いの言葉。大切な人を九尾の妖狐に殺された悲しみが怒りに変わって憎しみになり、その捌け口にナルトは選ばれた。
 ナルトと九尾の同一視も、それにより憎む気持ちも察してあげられるけど、私には只小さい子供が大人に蹂躙されているようにしか見えなかった。
 さっきまでは単にこの場を助ければいいと思ったが、もし本当に私がこの世界に生まれた所為でナルトがこんな目に遭っているのだとしたら、私はナルトにこんな目に遭わないようにする方法を教えなければならない。
 身体を縮こめているナルトをひたりと見据える。頭にキてるはずなのに芯はどこか冷静で、ナルトを取り囲む大人達に向かって地を蹴った。
 一人目、右脇腹の肝臓目掛けて左足で斜めに蹴り上げ、体勢を崩したところで後頭部に肘を落とす。
 二人目、殴りかかってきた拳を掌底で去なして、脳味噌揺れろ! と気合いを込めて顎に拳を横から叩き込む。
 三人目と四人目、二人目の男をチャクラを練って持ち上げてブン投げる。三人仲良く壁に当たって、そのまま伸びてくれた。
 五人目、
「う、うわぁぁぁ!」
 情けない声を上げて逃げていった。あ、コケた。
 さて、と。逃げていった男の姿が完全に見えなくなったのを確認するとナルトに向き直る。
「……少年。何て顔してるんだい」
 思わず溜息が出た。
 ナルトと言えば直情径行で底抜けに明るいイメージだが、この目の前にいる少年は本当にナルトか? と疑いたくなるような、何というか、どっぷりダークサイドに漬かってますな表情だった。
 腹の中に溜め込んだ負の感情を持て余してるというか、いつ噴火するか知れないマグマ溜まりというか。さてどうしよう。
 私が歩み寄ると身体をびくりと震わせ、まるで親の仇でも見るような――って表現は適切じゃないな。親の仇は腹の中だし。とりあえずものすっごい形相で睨まれた。
 おーおー警戒心バリバリ。まるで怯えたキツネリス? だっけ? この仔ギツネの隔意は相当頑丈そうだ。
 これ以上警戒させまいと変化を解いて面を側頭部にずらして顔を晒す。一瞬ナルトが瞠目したが、はっとするとすぐに目を鋭くさせた。
「お前忍者だったのか! 子供に化けたって、オレは騙されないってばよ!」
「は? いやいや。違うからね。私はこっちがホント、さっきのは体格差をなくすために変化してたのさ」
「何でだってば?」
「少年を助けるためさ」
「嘘だ!」
「何故?」
 ナルトの前に視線を合わせるためにしゃがむと、またびくりと肩を震わせた。
「オレを助けた振りして、結局はあいつらと同じことをするんだってば……」
 私の視線から逃げて、ナルトは拳を握りしめた。
 毛嫌いされて疎んじられて裏切られて、一方的に与えられるばかりの負の感情を逃がす術を、この少年は知らない。
「少年」
 私はナルトの頬に両手を添えて、思いっきり押し潰した。
「ぶっ……ひょっ、にゃ!」
 無遠慮にぐにぐに頬を捏ねているのに口を開くせいで、顔面にしこたま唾が飛ぶが、構わずにナルトの頬を抓ったり引き伸ばしたりを淡々と繰り返した。
「ふぉっ、へにぇっ、はにゃふぇ!」
 ナルトの目をじっと見つめて作業的に顔を捏ねる。今のは……「ちょ、てめっ、離せ」かな? あはは、面白い。

「っ……何すんだってばよ!」
 ようやく抵抗が敵い、自分の顔を好き勝手に弄り倒していた年上の少女の手をナルトは乱暴に引き剥がす。散々抓られ引っ張られた頬は熱を持ちじんじんと痛んだ。きっと赤く腫れているだろう。
 大人たちから助けてくれたのかと思えば地味に痛い謎の行動をする年上の少女をナルトは思い切り睨みつけた。
「いやァ……少年の顔があんまりにも凶悪なもんで、造形し直してやろうかと思ってね……」
 自分を咎めているような、それでいてどうでもよさそうな、抑揚の薄い滑るような声音。ナルトが抵抗した際に付けてしまった腕の引っ掻き傷を見ていた少女の黒曜石のような瞳がナルトの空色の瞳とかち合った。
「少年。世界ってのはね、心で出来てるのだよ」
 まっすぐな瞳に、少しだけ恐怖する。
「例えば世界中の人間が余すことなく明日世界が滅びると思えば本当に滅びるだろうし、誰かたった一人でも明日も今日と同じく平穏を迎えると思えば世界は変わらずに存在する。――憎悪を抱いていては、誰も憎悪しか返してはくれないよ。嫌われているから、嫌い返す。そんな悪循環を少年はこの先もずっと繰り返すつもりなの?」
 インチキ超能力者のようなこと言っているが、直球で憎むな恨むなと言っても駄目だろうとの思いから遠回しな言い方になっていた。
「オレは悪くない! あいつらが、オレを……っ!」
「そうだね、君は悪くない」
 言い聞かされるのではなく、マコトはナルトに心で理解して欲しかった。
「でもね、あの人たちも悪くない。――だから君が折れてやるんだ。君は大人にならなければならない。あの人たちを憎み恨むのではなく赦さなければならない。あの人たちのような心狭いみみっちい大人にはなりたくないだろう」
 誰も悪くない。ナルトも、ナルトを虐げる里の人々も、各々が各々の世界の安寧を求め、独善的な正義を振りかざすのだ。
 誰かにとっての平和は誰かにとっての不幸であり、逆も又然り。
「なんで、オレばっかり……」
「あの人達はね、とても可哀想なんだ。だから君が広い心で受け入れてあげるんだよ」
 言われたことの半分も理解できていなかったが、包み込まれた手の温かさになぜだか赦されたような気がして、目頭が熱くなった。
「じゃあ傷の手当てしようか」
「いいってばよ。オレってばすぐ治るし」
 涙声で鼻をすすりながらナルトはTシャツの肩口で目元を擦った。すると頭に今まで感じたことのない感覚があり驚くと、目の前の年上の少女が哀愁感のある微笑みで頭をゆっくり撫でていた。
「……すぐ治ったって、痛いでしょ」
「姉ちゃん変な人だってばよ」
 そんなことを言ってくれる人は、今まで誰一人としていなかった。
「思ってる人はいるかもだけど、面と向かって口で言われたのは初めてだなァ」
 手を引かれ、陰鬱な裏道から歩き出す。自分の手を取った年上の少女の顔を盗み見ると、視線に気づいたのか目が合った。
「ん? どうした少年」
「ところで姉ちゃんの名前何?」
 この日見た笑顔を、ナルトは一生忘れまいと心に決めた。

「そんな訳で、少年には遁走術を教えたいと思います!」
「とんそーじゅつ?」
「そう! あくまで遁走するための技術で、攻撃を目的としたものじゃないんだけどね、基本其の一「歩法」! 足の小指から地面に下ろせば音をたてずに静かに歩くことが出来るんだけど、隠れるためには重要な技術で――斯々然々――やっぱり逃げ遂せるには地形の把握は重要で、時にはトラップを仕掛けた場所に誘い込むことも――云々かんぬん」
「……」(白目を剥いてオーバーヒート中)
 こうして神出鬼没のイタズラ小僧が誕生したとかしないとか……。


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