05
受験者達が集まる大講堂にプレゼント・マイクの声が響く。
「今日は俺のライヴにようこそー!!! エヴィバディセイヘイ!!!」
「Yôkosô!! ……って、えぇぇぇー!? 今の言う流れじゃなかった!? 言う流れだったよね!!?」
この世界を知るために、ヒーローを知るためにと、手当り次第情報収集していたのが仇になった。イヤホン越しでも聞き慣れてしまった声、聞き慣れてしまったやり取りに、当然他の受験生も応えると思っていたのだ。
静まり返った大講堂に思いがけず自分の声だけが響いてしまい、バッと集まった視線。
うぉぉぉ、恥かいたー……と、マコトは頭を抱えた。
そんなマコトを慰めようと出久はよくわからない理屈を並べているし、その向こうではマコトの形振りに苛立ったのか爆豪が睨みつけながら舌打ちをして悪態をついた。
始まって早々おかしくなってしまった雰囲気を消し飛ばすように、プレゼント・マイクはさらに声を張り上げる。
「こいつぁシヴぃー!!! 受験番号10109さんレスポンスサンキュー! 受験生のリスナー! 実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!! アーユーレディ!?」
今度も言うのか!? と、少なからず期待したように受験生達が聞き耳を立てているのが分かったが、マコトが固く口を閉ざしたことにより、今度は「YEAHH!」と虚しくプレゼント・マイクの声だけが響いた。
その後もハイテンションなプレゼンが続き、いかにも優等生然とした受験生が質問をしたり、その受験生に出久とマコトが物見遊山なら帰れと怒られたりしたが、
「“Plus Ultra”!! それでは皆良い受難を!!」
と、雄英高校の校訓で説明会は締めくくられた。
着替えを終えて、それぞれの演習会場へ向かうバスが集まる広場は受験生たちでごった返していた。
マコトはジャージ姿の出久を見付けると、声をかけた。
「お互いに頑張ろうね!」
「あ、ううううううん!!」
「……大丈夫?」
「だっ、だい、だ大ジョう夫ぶぶぶ」
緊張からか右手足が一緒に出ている。こいつ本当に大丈夫なのかよと、マコト顔には出さずに思う。
「じゃあね、試験終わったらまた!」
「まままま、また!」
バスに揺られながらマコトは試験のことを思った。
持ち込み自由とのことなので完全武装で行こうかと思ったが、十分と時間は短いし、調べによると仮想ヴィラン自体さほど強くはない。
所詮はロボットなのだから電気系統に雷遁でもぶち込めば簡単に行動不能に出来るだろうと、装備類は時空間に入れていた。
傍から見れば身ぐるみ剥がされた木ノ葉の暗部という感じである。
しかし周りの受験生には己の個性にあった装備をしている者もいて、アーマーぐらいは付けていても良かったかもしれないなと思った。
◆
バスに運ばれた先の演習会場は街を模しているらしく、かなりの規模だった。とはいっても死の森よりは狭そうである。
こういった演習場がいくつもある上に破壊されたら直さなければならないのだ。雄英どんだけ金持ちなんだよと金と権力の本気を見た気がした。
「あの子さっきのヨーコソーじゃんw」「美人なのに頭残念とか」「よかったーライバル減って」
心ない受験生たちは知らなかった。藪を突いたために蛇を解き放ってしまったことを。
《ハイスタートー!》
他の受験生達がぽかんとする中、マコトは合図とほぼ同時に走り出していた。
忍が本気で走ればそういった個性でない限り追いつかれることはない。
「散!」
走りながら多重影分身し、会場中に分身体を放つ。
マコト達は仮想ヴィランを見つけ次第破壊していった。
写輪眼で動きを見切り、肉体活性による高速移動で攻撃を避けつつ千鳥でショートさせる。
あらかた破壊し終え一息つく。
散らしていた分身体が未だに一人も還元されていないとなると、分身体達も順調に仮想ヴィランを倒しているのだろう。
◆
「……どうして、こんな」
モニターを見ていた教師の一人が呟いた。
他の会場では健全な雰囲気で試験が進んでいると言うのに、この会場だけが殺伐とし混沌とし、さながら世紀末のようでもあった。
黒い少女と同じ組の受験者たちは数少ない仮想ヴィランを取り合い、潰し合いを始めていた。
少女がヴィランを求めて移動するたびに会場が荒れていった。
原因は判っている。だが止めることは出来なかった。
何故なら少女はルールの範囲内にしかいなかったから。
怪我人だって他の会場に比べたら異常に多い。
「校長、これ、続けさせるんですか……」
そう言った瞬間、モニターの向こう、仮想ヴィランの残骸の山に立つ少女が不意にこちらを見た。
監視カメラは会場中至る所にあるが、それとわからないようになっているはずなのに、赤く怪しく光る眼が、教師を射抜いた。
一瞬よりも短い時間だったが、感じたのは確かな死の恐怖だった。
◆
こんなに思い切り体を動かしたのはいつぶりだろうか。
そんなようなことを雷撃を纏わせた突きを仮想ヴィランに食らわせながらマコトは思い返していた。
時空間内で影分身たちと組手や紅白戦を行ってはいたが、そのどれもがあくまで自分一人で完結している行為のため運動にはなっても憂さ晴らしにはならなかった。
「もうそろそろ終わりかな――ん?」
分身体が全てが還元された。どうやらゼロポイントの巨大な仮想ヴィランが現れたようだ。
マコトはビルとビルの間を交互に外壁を蹴りながら屋上へ向かう。
目陰をし、少し遠くに見えるのは想像以上に大きな鉄の塊だった。それでも十尾程ではなかったが。
「巨大化って負けフラグなのに……」
そうマコトが呟いたのと、隣の演習会場で出久が巨大仮想ヴィランを殴り飛ばしたのはほぼ同時のことだった。
◆
一週間後、雄英高校から通知が来た。
封筒を開けると転がり出た投影機が突然光り出して驚いたので裏返しておく。
ほかには諸々の書類と合格通知が入っていた。
「……よかったー……影分身して勉強したかいがあったわー」
成績表のようなものも入っており、筆記は英語がギリギリで冷や汗をかいた。
忍であるのなら立派な忍らしくしようかとも思ったが、どんな個性がいるのかわからないのでやらなくて正解だったのだろう。
「どれどれ、レスキューポイント0? まあほとんど誰とも会わなかったしね。ヴィランポイントは……213って多いの? 少ないの? 平均点書いとけよ不親切だなー」
ふと投影機が目に入り、伏せたままだったのを表返す。
《文句なしの合格だよ、相澤少女! 雄英が君のヒーローアカデミアだ!》
黄色いスーツを着たオールマイトがどや顔で言っていた。
「……いや知ってるけど? てか何なのコレ? 通知と映像で何で二度手間?」
リピート再生されないようにスイッチを切ってゴミ箱へ投げ入れる。
こうして投影機が裏返されている間にオールマイトが何を語りかけたのか、知るすべをマコトは一生失ったのである。
「あ、オールマイトファンに高値で売れるかな? ……思いっきり名前言っちゃてるからだめか」
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