どうやら死ぬらしい。
 今日も今日とてマコトはネット三昧だった。
 東京の高校に進学して一人暮らしなんて漫画や小説みたいなことをしてみたはいいが、結局クラスに馴染めず孤立した。イジメの標的にならない孤立の仕方だったのが、僥倖と言えば僥倖だった。
 毎日毎日、同じことの繰り返し。つまらない、退屈で死にそうなのに、何もしないで現在の状況に甘んじている。
「ばっかじゃなかろうか」
 一人暮らしの副作用は、独り言が増えること。
 溜息を吐きながらIEのバツ印を押して、広大なネットの世界へ繋がる窓を消し去った。
 大好きな漫画も、二次創作も、時々酷く虚しさを覚える。どんなに焦がれたところで、そちら側に行けるわけではないのだ。
 コンビニで買ってきたビーフンを夕食に、動画サイトで機械の歌声に酔いしれていると、分針がゼロになったわけでもないのに、急に何かが割り込んで再生されたのだ。
 どこかのアパートだろうか、結構散らかっている。割り箸を片手に、若い女が呆けた間抜けな顔で映っていた。
 ――あれ、この顔……。

『私?』

 マコトと同じタイミングで画面の中の若い女が口を動かした。それには驚いた、勿論驚いた。だが今マコトが驚かなければならないのは、動画に映っている自分の背後に、見知らぬ男が立っているという異常だ。
「――っ!!」
 音にならない叫びが喉を裂かんばかりに飛び出した。仰天して勢い良く振り返ったせいでローテーブルの角に肘をぶつけてじんと痺れて痛んだが、そんなことは今は問題じゃない。
 にこにこと人の良さそうな笑みを浮かべて趣味の良いスーツを着こなしたロマンスグレーのナイスミドルが、突然現れたのだ。
 強盗だろうか、乱暴目的だろうか、それとも只の殺人鬼? 今のご時世何があっても不思議じゃない。様々な想像がマコトの胸に去来した。
 そうだ、助けを呼ばなければ!
 だがその思考を先回りするように、一瞬でマコトに近付いて人差し指を唇に押し当てると男が言った。
「あなたが無茶なことをしなければ、危害を加えるつもりはありません。私の話、聞いて頂けますね?」
 にっこり笑んだ男の声音には、妙な強制力があった。
「実はわたくし、『世界転生機構』の者でして……まあ、ぶっちゃけあなたに転生して頂きたくお願いに参じたのです」
「……はぁ?」
 取り敢えず落ち着きを取り戻した事にして、マコトは男と向かい合う。
「おや、お解りにならないですか? この系統の話には明るいとの報告書が上がってきていたのですが……」
 男は明らかに懐には収まりきらない量の紙の束を取り出してパラパラ捲る。
「いやいやいや、意味は解るよ。解るけどさァ……」
「信じられない、と」
「それが普通だよ」
「――何を以てして普通と定義するのか甚だ疑問ではありますが、あなたが信じようと信じまいとわたくし共の業務には何ら差し支え御座いませんので、存分に疑心なさいませ」
 紙の束をパタンと閉じるとまた笑顔。作った顔を張り付けたような、不快を伴う違和感を抱かせる顔だ。
「……何それ。そもそも私を転生させてアンタんトコは何を得るの?」
「特に何も」
「はっ! 慈善事業ってワケ?」
 悪意を込めて皮肉ってもこの男には利かないらしい。男は顎に指を添えると首を傾げる。
「何と申しましょうか……。自浄作用、自己修復機能、ホメオスタシス。意識はあるけど意志のない、プログラムみたいなものですかねぇ」
「――理解した方が良い?」
「無理にしなくて結構ですよ。現実なんてのは事実と現象と、ほんの少しの妄想にすぎません。ファンタジーを制する者が世界を制するのです! ……転生、して頂けますね?」
「いや、でもなァ……」
「させますけどね」
 Let's 転生! と男が軽快に指パッチンした瞬間、床に真っ暗な穴が開いて、落ちた。
「っ――だったら聞くなァァァー……!!」
 本物の落下中にそんな捨て台詞を吐けた自分を、マコトは誉めたくなった。


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